06.T④.幸せいっぱいの太陽。しかし……
(これまでのあらすじ)
太陽は姉のように慕う緑と偶然にもキスをしそうになるが、大地のいたずらで、失敗してしまう。怒ったのは緑の方だった。女心がわからない太陽は不思議がる……。
夕方の5時。
太陽は緑や大地と共に、自宅のダイニングキッチンにいた。
この部屋は決して広いとはいえない。
それでも敢えて、不釣り合いな大きなテーブルと9脚の椅子が並んでいる。
羽賀家、加藤家、南部家の3家族、計9人がそろっているので、人が移動するのも大変だ。
今日は太陽の15回目の誕生日。
昨日が緑のバースデーで、その前日が大地。
三人は同じ病院で産まれ、しかも、ご近所同士。
親たちも全員40代前後の同世代で仲が良く、親しい付き合いをしてきた。
それぞれの親は三つ子だと思っているらしい。
だから、三日連続の、3家族そろった華やかなバースデーパーティーとなった。
緑の機嫌が直ったので、太陽も幸せに満ちていた。
太陽の母、羽賀美子が手作りのバースデーケーキをテーブルの上に置く。
飢えた三つ子が、美味しそうと歓声を挙げた。
「おばさん、今度ケーキの焼き方教えて。うちのママはいつもお店のケーキでごまかすのよ」
緑はいたずらっぽい視線を母、加藤恵美に向けた。
「あたしだってやればできるのよ。ただ、時間がないだけ」
恵美の反論は無駄な抵抗のようだ。
夫の加藤正樹も小さく笑っている。
ケーキのろうそくに火をつけながら、美子が、
「わたしでよければ、いつでも……」
と嬉しそうに微笑んだ。
やった、と緑が喜んでいると、大地が待ちきれないといった感じで、
「太陽、ロウソクの火早く消せ消せ」
と急かしてくる。
太陽が一気にろうそくの火を吹き消すと、拍手と祝福の言葉が飛びかった。
太陽は幸せを噛み締めていた。
ただし、数秒間だけ。
美子がロウソクを取り除くと、待っていましたとばかりに、太陽は誰かに後頭部を押された。
と思った瞬間、顔面がケーキの中に埋まった。
ズボッと音まで聞こえたのは、気のせいではないだろう。
そのまま、太陽は顔を上げる。
多分、開けた目の部分だけが自分で、顔のあとの部分は全て生クリームだろうと太陽は想像できた。
大地が、
「お前は生クリームのお化けか?」
と手を叩いて喜んでいる。
大地のいたずらに慣れている太陽は、そのまま舌を回し、唇の周りについてる生クリームを舐めて、一言。
「美味しい」
「ガキガキガキ……」
と大地が腹を抱えて笑い転げている。
これには、さすがの緑も、笑わずにはいられないのだろう。
みんな楽しそうで、太陽も嬉しかった。
午後8時。
羽賀宅ではすでにバースデーパーティーもお開きになり、太陽は風呂に入っていた。
湯船に浸かりながら、つい口笛を吹いてしまう。
テンポが良くて、旋律が飛び跳ねる楽しい曲。
直ぐに、鼻歌に変わる。
太陽自身、歌は得意ではないが、エコーがかかっているから恥ずかしくない。
というより、気持ちいい。
そして、リズムに合わせ、首を左右に振り始める。
ついに、掌で水面をパシャパシャと叩きだした。
つまり、浮かれているわけだ。
が突然、歌も動きもやめた。
その代わり、思わずニヤけてしまう。
今日1日の出来事を思いだしたからだ。
緑がずっと一緒にいると約束してくれて、自分の誕生日も祝ってくれた。
太陽にとって、今日という1日は幸せの絶頂だった。
なにか特別なことをしたくてたまらない太陽は、頭全部を水中に沈め、目を開けた。
くぐもっているのに響く音。
少し紗がかかっているようで、ゆっくり揺れる湯船の中。
すべてが別世界のようだった。
暫くして、パジャマ姿の太陽がリビングに入っていくと、両親はソファーに座っていた。
父の和雄は本を読み、母の美子は編み物をしている。
「父さん、母さん、今日はありがとう」
「なにを言ってるんだ、水臭い」
父は戸惑った笑顔で照れている。
「いいじゃありませんか。せっかく太陽が言ってくれているんですから」
母は堂々たる笑顔だ。
「太陽、わたしたちの方こそ、ありがとう」
ん? と太陽は心の中で首を傾げた。
「今はまだ、わからないでしょうね。でも、あなたも親になったらわかるわ」
母親が言うように、よくわからないながらも、太陽はホットなココアを飲んだ気分になった。
しかし、思わぬ事態はこういうときを狙っているのだろう。
突然、電話の呼び出し音が鳴り響いた。
いつもより、音量が大きいように思ったのは、気のせいだろうか。
「こんな時間に誰かしら?」
受話器を取ったのは母だった。
「もしもし、羽賀ですが……」
突然、太陽に向けられた母の瞳孔が、カッと見開いたように思えた。
受話器を持つ手も、唇も震えている。
母の視線は何かを訴えようとするが、驚きのあまり言葉が出てこない。
そんな感じだった。
父も、そんな母の異常な表情に気づいたようだ。
「誰からだ?」
と心配そうに訊いた。
母は何も言わず、いや、言えず、泣きだしそうな表情で震えている。
これはただ事ではない。
一体、何があったんだ? と直感したのだろう。
父は慌てて受話器を奪い取った。
「もしもし、どなたですか?……病院?……え-?」
父は思わず悲鳴のような声を上げた。
視線を太陽に向けたまま、受話器に確認する。
「加藤さん夫婦が交通事故? たった今、二人とも亡くなった? で、娘の緑ちゃんは?……乗っていなかった。それは不幸中の幸いだ……」
愕然とした太陽は、なにも考えられなかった。
一体、なにが起こったのか、把握できないまま、無意識のうちに走り出していた。
とにかく、緑のところに行かなきゃ。
早く早く……。
足がそう訴えているようだった。