53.M(22).偉大なサンの存在感
☆TSgame-Co.のCEO室に入るのは、これで2回目になる、と加藤緑は冷静に振り返る。
1度目は両親が死んだ、わずか次の日だった。
ひとりぼっちになった上に、 大好きな故郷も離れて、ここへ連れてこられた。
突然、育成ゲームの件を聞かされ、自分と太陽を守るために婚約しろと脅されたのは、もう何ヶ月も前のような気がしてならない。
あのときはあまりに突然すぎて、実感できないまま時間という激流に流されていたような気がする。
まるで悪夢の中にいる感覚だった。
だが、2度目の今回は、嫌というほど現実を思い知らされた上でのことだ。
昼間のうちに拉致され、その夕方には、このCEO室で監禁状態になった。
状況は更に悪化し、その理由もわかっている。
自己最大のピンチ。
それでも、緑は床に膝をつき、手を組んで祈らずにはいられない。
「神様、どうか、太陽を守ってください。お願いします」
と。
まるで、 緑の祈りに反応したように、CEO席のパソコンが勝手に起動し始めた。
「嘘ツ」
ディスプレイを観た緑は驚き、思わず立ち上がった。
画面の中に、サンが現れたからだ。
以前、セキュリティの厳しいTS☆game-Co.のサイトに忍び込むと明言してただけに、 緑は心配していたのだ。
「無事で良かった」
胸を撫で下ろした直後、緑は気づく。
サンの体は、まるで爆発したあとのように傷だらけで、苦しそうに立っている、という感じだった。
しかも、体の一部が、パチパチと花火のように点滅している。
やはり、セキュリティプログラムにやられたのだろう。
思わず、緑は顔をディスプレイに近づける。
「サン、大丈夫?」
「シッ」
◯の手を口元に当てたサンが、ウィンクしてくる。
察した緑が、慌ててドア口を見ると、監視役の黒服男が暇そうに立っていた。
サンに気づいていないことを確認した緑は、ほっと安心する。
彼らの立ち位置からでは、パソコンの背側しか見えないのだろう。
一息ついた緑は、再びサンを見つめ、秘めた声で呟く。
「まさか、あたしのために?」
「なぁに、こんなの、どうってことないさ。自分のことよりも、俺のことを心配するなんて、泣かせるじゃないか」
サンは照れたように笑ってみせた。
一方、緑は涙ぐんでいる。今の自分には最高のプレゼントだと。
「サン……」
“ありがとう”と言いたいのに、急に襲ってきた嗚咽を我慢するので精一杯だった。
緑自身、弱気になっている、と気づかざるを得ない。
どんなに強がっていても、背伸びをしていても、やはり不安だったんだ。怖がっていたんだ 、とやっと自分の本心を認めてやる。
「俺も罪な男だねぇ。女を泣かせるなんてさ」
相変わらず、サンはお調子者だけど、そこが頼もしくもあり、ありがたくもある。
「大好きよ」
と、緑は画面上のサンの頬にキスをした。
「やっほぉぉぉ」
赤面したサンは、頭から“ポッポー”と湯気を上げながら、ディスプレイの中を走り回っていたが、いきなり度アップ顔になった。
「緑、太陽なら大丈夫だ」
「本当?」
緑自身も驚くほど反射的に、口から飛び出した。
「あいつは鈍臭い分、しぶといんだ。俺が必ず太陽を助けに来させるから、安心して待ってな。もし、嫌だと言ったら、思いっきりケツ飛ばしてやる」
「うん」
やっと元気を取り戻した緑は、素直に微笑むことができた。
それも束の間、サンの体の火花がひどくなった。
あ、と心配した緑が、思わず手を伸ばした瞬間、プツンとサンの姿が消えた。
「サン……」
緑は呼び止めるが、既に手遅れだった。
それでも、ザーッと聞こえる雑音の中、微かにサンの声が届く。
「俺は大丈夫だから、安心しろ。もう少しの辛抱だ。頑張るんだぞ」
緑が心配そうに呟く。
「無理しないでね。お願い」
それでも、緑は一安心した。
サンも太陽も無事であると確認できたから。
ところが、一難去ってまた一難。心配は尽きそうにない。
「どうなってるの?」
緑は思わず独りごちた。
不運は不幸を招くのか。
だとしたら、負の連鎖は止められないのかもしれない。
というのも、ここ、CEO室でも、トラブルが起こったからだ。
ディスプレイの映像が勝手に、他の部屋に切り替わってしまった。
つい誰かの陰謀かと、緑は身構えずにはいられなかった。