51.H⑩.昔見た夢
MCハンマーは子猫だった。
以前、見た夢の話だ。
十数年も前に夢で見ただけで、それ以降一度も思い出したことがないというのに、何故今なのかと不思議でならない。
♢ ♢ ♢ ♢
もう一度念を押すが、夢の中の自分は可愛い子猫だった。
背が高すぎて顔は見えないが、大きな手が|紐先に吊り下げた玉を揺らしてくる。
猫の性か、反射的にその玉を掴もうとジャンプした。
もう少しで届くと思った瞬間、大きな手が紐を引き上げ、結局触れることができない。
その癖、子猫が床に着地すると、待っていましたとばかりに、 再び玉を下ろしてくる。
子猫はまたジャンプして、やはり空振り。
何度も何度も、その繰り返し だった。
何故、玉を掴みたいのか?
何故、懲りもせずジャンプするのか?
それは猫だからか?
それが運命だからか?
そのときの自分にはわからなかった。
肉体的にも精神的にも疲れきった子猫は、ついに力尽きて倒れ込んでしまった。
ただ眠りたいだけだった。
それでも、大きな手は玉を子猫の体に軽く当てて、様子を見てくる。
やはり、子猫の体は動かない。
これで、やっとわかってくれると思った。
あんたの趣味の悪い遊びのせいで、疲れ果ててしまったのだと。
ところが、大きな手が選んだ次なる遊びは、子猫に重くて硬い玉を投げつけることだった。
しかも、思いっきり。
不意打ちの激痛に、子猫は少しの間息ができなかった。
疲れと激痛で立ち上がるどころではない。
ところが、大きな手はまたしても紐先につけた重くて硬い玉を下ろしてきた。
飛びつかなければ、再び激痛を食らわすぞと言わんばかりに。
仕方なく、子猫はもう一度だけジャンプすることにした。
今までよりもっと思いっきり、玉よりも高く。
“|窮鼠猫《きゅうそねこ
》を噛む”があるなら、 “窮猫大きな手に爪を立てる”があってもいいはずだ。
手応えはあった、と思った瞬間、驚いた大きな手が子猫の体を掴み、憎しみを込めた力で投げ下ろした。
床に激突した子猫の体は瀕死の状態で、目だけがその手を見上げる。
確認したかったのだ。
自分の人生が残した唯一のものを。
だが、そこには傷一つ残っていなかった。
♢ ♢ ♢ ♢
そこで夢から覚めたハンマーは、やっと気づいた。
あの大きな手は、神の手に違いないと。
「所詮、俺の運命なんて、神と悪魔のゲームで決められているんだよな」
今より10歳以上も若い自分は、そう呟き、苦笑するしかなかった。
あれから、幾つもの年月を経験したはずの今、じゃぁ、と自問してみる。
「また、苦笑しながら仕方ないと諦めるだけか?」
羽賀太陽が加藤緑を、そして、皆を守るために、危険な運命に挑もうとしている。
あいつなら何かを変えてくれるかもしれない。
そう期待するだけで、今回も他力本願か? と。
「 俺だって、太陽や緑を守りたいんだ」
と叫んだハンマーは、思わず立ち上がった。
気がついたら、朝になっていた。
この放送室も、今は不気味なほど閑散としている。
天井のライトは一部しか点灯しておらず、 その灯りの元、 ハンマー用のパソコン1台だけが起動している状態である。
ウィーンと低音なのに不気味な響きを発しながら。
太陽がgame isleを出るという非常事態の中、キャラクターの監視員たちには緊急招集命令が出された。
ただし、ハンマーだけは太陽を探すという名目で、ひとり残されたというわけだ。
太陽は、緑は、そして昨日海上で姿を消して以降、大地はどこに行ってしまったのか?
見当もつかないまま、ハンマーは昨夜からパソコンの画面で、三人組の姿を探し続けた。
それぞれの家、学校、秘密基地、砂浜、スタジアム……。
game isleの中の隠しカメラは何千台とある。
それらの一 画面一画面の、隅から隅まで、太陽の影ではないか?
緑の後ろ姿ではないか?
大地の指ではないか?
と確認したが、三人の姿はどこにもなかった。
彼らがgame isleに残っている可能性は低いとわかっていながらも、すでに2周目に入り、 朝を迎えたというわけだ。
もう限界だった。