05.T③.思い出という名の足跡
(これまでのあらすじ)
羽賀太陽は、自ら作り育てたAIキャラクターのサンを守れなかったことで自責していた。しかし、緑から優しい言葉をかけてもらい、立ち直れそう……。
2035年8月1日の午後。
今日は出だしこそ失敗したものの、緑から礼を言われた羽賀太陽は有頂天だった。
「太陽、なんだよ、そのニヤけた顔は。ホント、お前ら、出来の良い姉とダメな弟って感じだよな」
と大地がちょっかいを出す。
でも、と緑が話し始める。
「あたしはか弱いんだから、太陽と大地で守ってくれるのよね」
大地がニヤニヤしている。
横槍を入れるつもりだろう。
「へぇ~、か弱いねぇ……?」
「なによ、文句ある!?」
緑が詰め寄ると、大地は、
「ありましぇ~ん」
と後ずさりしながら、ふざけてみせた。
いつもの幼馴染三人組に戻った感じだ。
心地いい、と太陽はしみじみ思う。
笑いながら、全員砂の上に座った。
いつものように太陽が真ん中で。
最初に、口を開いたのは、緑だった。
「でもさ、あのとき、泣きながらサンを守ろうとしている太陽が必死すぎて、あたし、一瞬これってゲームなの? それとも現実なの? てわからなくなっちゃった」
真ん中の太陽をとばして、大地が緑に話しかける。
「それは太陽の影響だな。こいつ、いつもゲームと現実の区別がつかなくなるんだ」
「太陽らしい」
と緑が微笑む。
「だってさ、いくらゲームでも人は殺せないよ」
「人じゃない。キャラクターだろ。大体、俺たち人間の人生も、神と悪魔の運命というゲームに振り回されているようなもんだろ」
「へぇ……?」
緑がいたずらっぽい視線を大地に向けた。
「なんだよ。俺だってたまには真剣なことぐらい言うんだよ。大体、太陽、お前のせいだからな」
立ち上がった大地が太陽を押し倒し、戯れ始めた。
「たかがゲームで、あんなに心配しやがって」
「ごめんごめんごめん……」
大地の攻撃に、太陽は体をジタバタと動かす。
そんないい雰囲気をぶち壊すのは、いつも大地だ。
突然、立ち上がり、
「小便小便」
と股間を抑えながら走っていく。
「もぉっ。本当にデリカシーがないんだから」
緑が走っていく大地の背中に向かって叫ぶ。
やっと大地から解放された太陽が上半身を起こすと、緑が
「あ~ぁ」
と呆れたようなため息をついた。
「本当に、子供なんだから、もぉ」
言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな緑が太陽の後頭部を触ると、パラパラと砂が落ちた。
「やっぱり、太陽はあたしがいなきゃだめなんだから。でも、大丈夫よ。あたし、ずっとこの島にいるから。太陽もそうでしょ」
「ぼくは外の世界を見てみたいなぁ」
太陽は視線を海の遙か向こうに向ける。
一体、どんな町があるのだろう?
どんな人々が暮らしているのだろう?
太陽は、知りたいと思った。
「そんなの危険すぎるわ」
驚いたように、緑が珍しく否定した。
「緑は行ったことがあるの?」
「もちろんないけど……。でも、みんなそう言ってるでしょ。うちの両親も、太陽のおじさんとおばさんだって……」
「自分の目で見なきゃ、わからないって思うんだ」
「太陽……」
緑の心配は、その心に収まりきれないようだった。
太陽も心配かけてしまったと反省する。
「でも、それは大人になってからの話だよ。それに、旅行で行くだけだから」
緑もやっと笑顔に戻った。
「じゃ、あたしも大人になったら一緒についていく。だって、太陽はあたしがいなきゃダメだから、ずっと一緒にいてあげる」
太陽は幸せの絶頂を心中で噛み締めていた。
太陽はよく失敗する。
その度に緑が助けてくれた。
そして、そんな太陽を否定せずに、そのままでいいと言ってくれた。
確かに、大地が言うように、太陽と緑の関係は優しい姉とダメな弟のようなものだ。
でも、太陽はそれでもいい、と思っている。
緑とずっと一緒にいられるなら、最高だと。
「ぼくも一緒にいたい。ずっと。約束だよ」
太陽は小指を差し出すが、お姉さんぶった緑は呆れている。
「あたしたち、来年は高校生なのよ。約束はこれ……」
太陽を直視した緑の瞳が、ゆっくりと閉じていく。
太陽は驚いたどころではない。
何?何?何?
まさかまさかまさか。
どうしてどうしてどうして
だってだってだって。
でもでもでも。
どうしようどうしようどうしよう。
と、心の中で3連続語のオンパレードだ。
心臓が頭の中にあるのではないかと思うほどドクンドクンと怒鳴るし、めまいもするしで、吐きそうなくらいだった。
血液の暴走によって顔が熱い。
目も痛い。
太陽はとても瞼を開けていられなかった。
目を閉じると、更に頭がぼーっとしてきて、何も考えられない。
体も小刻みに震えていた。
なのに、自分の顔は緑の方に引き寄せられていく。
まるで、磁石のように。
どうしてなのか、どうしたいのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、わかっているのは、緊張のピークだということだけだ。
心臓が爆発しそう。
そのときだった。
突然 、キャ-と悲鳴が聞こえた。
緑の声だ。
条件反射で目を開けた太陽は思わず、「う!」と絶句し、固まってしまった。
目前にいたのは緑ではなく、大地の顔だったからだ。
しかも、突き出した大地のぶ厚い唇が、太陽の唇まで数センチに迫っていた。
驚きのあまり、凍りつく太陽。
そんな太陽の表情を見て、大地が腹を抱えて笑い転げた。
そのときだった。
突然、太陽は背筋に寒気というか、殺気を感じ、反射的に振り向いた。
後ろに立っていたのは、見下ろしている緑だった。
なにか怒っている表情だ。
「太陽のおばさんがバースデーケーキを作って待っているんでしょ。ほら、帰るわよ!」
緑は一人でスタスタと歩き出す。
「なに怒ってるのさ?」
太陽も慌てて立ち上がり、緑を追う。
「なにも怒ってないわよ」
「ほら、やっぱり怒ってるぅ」
クックックッと、噛み殺しきれていない大地の笑い声があとを追ってくる。
♢ ♢ ♢ ♢
『3人が去った後の砂浜には、思い出という名の足跡が残っていた』