45.M(21).聡の拉致
南部宅を飛び出した加藤緑は、歩道を走っていた。
近藤梓の言葉を心で噛み締めながら。
「いずれ太陽だって同じ目に遭うのよ」
恐怖した緑は、ここで負の連鎖を止めなければならないと思った。
聡のために何ができるかわからないけど、じっとしてなんていられない。
とにかく行かなきゃ。
一刻も早く。
ハッハッハッ……と荒い息遣いの中、やっと新井宅の全貌が見えてきた。
玄関の駐車場に、1台の車が止まっている。
藤堂と一緒にgame isleを出たときと同じ黒いバンだ。
その周辺で、数人の男たちが揉めていた。
よく見ると、黒服たちが聡の体を引きずっているところだった。
「やめろッ、やめろッ」
聡は抵抗するものの、自分の力ではとても歯が立つ相手ではないと、諦めかけているように思える。
(ダメ。諦めたらすべてが終わってしまう。)
そう思った緑は、走りながら、
「聡ーッ」
と、力の限り叫んだ。
思わず振り向く聡。
その表情には勇気が滲んだように見える。
黒服たちから黒いバンに押し込まれそうになりながらも、聡が最後の抵抗をみせる。
やっと、新井宅まで走り着いた緑は、
「やめてーッ」
と、聡をとらえている黒服たちの手を解こうとする。
しかし、力の差は歴然だった。
緑は突き飛ばされ、倒れた。
それでも懲りずに、何度も黒服たちに突進するが、ついに緑も二人の黒服に抑えられてしまった。
「聡、聡……」
緑が叫んでいるうちに、聡は別の黒服に、力ずくで車に乗せられていく。
「緑ーッ」
聡も必死で車窓から手を伸ばすものの、黒服たちに押さえつけられたのだろう。
その姿は窓から消えた。
やっと、緑が黒服の男たちから自由になったとき、新井宅から出てきたのは大地だった。
緑は慌てて駆け寄る。
「大地、聡を助けて。お願い」
「いいから、お前は帰れ」
そう言い残した大地がバンに乗り込むと、車はあっという間に消えた。
その場にひとり残された緑は、希望という名の糸が切れた操り人形のように、地面に座り込む。
この数日間で、緑の環境が激変した。
しかも、1度ではなく何度も……。
両親の死から始まり、自分が育成ゲームのキャラクターだと知らされ、婚約しなければ太陽も自爆テロ要因としてテログループに渡すと脅迫された。
game isleに戻ってからも、大地の辛い過去を知り、それでも、太陽から皆を守りたいと聞き賛同した。
その矢先、余命幾何もないプレイヤーの高橋美津子から、太陽を連れて逃げてきて欲しいと頼まれ、そして、聡の拉致である。
結局、自分の非力さを思い知らされるだけなのか。
人は希望があるからこそ生きていられるはず。
果たして自分の希望はいつまで持つのだろうか?
と緑は不安になった。
それから暫くの間、緑は思いつめた表情で、地面を見つめていた。
が、突然、あっと思いつき、慌てて駆け出した。
1時間後、緑は電話ボックスの中にいた。
もちろん、太陽に電話をかけるためだ。
近くで母親が聞いていることを想定し、太陽にも驚かないように念をしてから、聡のことを話した。
それでも、
「そんな……」
と驚愕している太陽の声が返ってきた。
緑はすでに悟っている。
自分たちを取り巻く運命の最終章が回り始めたことを。
もう、何も知らなかったあの頃には戻れないことも。
切羽詰まった緑は、
「太陽、時間がないの。お願い 、信じてッ」
と訴える。
太陽にとって、とても信じられない、いや、信じたくない話だろう。
それでも、自分を信じてほしいと、緑は心中で祈った。
しかし、負の連鎖は誰にも止めようがないのか。
あれは……?
と緑が気づく。
電話ボックスからかなり離れた場所に数人の人影が……。
よく見ると、黒服の男たちだった。
電話ボックスの中にいる緑に気づいたのだろう。
慌てて走り出し、近づいてくる。
しかも、 彼らの後ろにいるのは、梓だった。
全てを察した緑は早口で、太陽に哀願する。
「もし、あたしに何かあったら、 ひとりで太陽のプレーヤーの高橋美津子さんに会いにいって。とても会いたがっているの。砂浜にボートと高橋美津子さんの住所や電話番号を書いたメモを置いているから急いでッ」
緑は新しい酸素を吸い込んだあと、再び話す。
「絶対、あたしは諦めないから、太陽も頑張ってね」
緑がそう言い終わった直後、電話ボックスのドアが乱暴に開けられ、黒服の男が突入してきた。
この作品と並行して書いている次回作品、「異世界劇団『Roman House』」の第1話プロローグを6月8日(日)13:00に投稿予定です。読んで頂けると嬉しいです。
(内容)並木知美(19)は知っていた。多くの霊が天国に行けずにいることを。彼らは大切な生者が苦しんでいるのに、なにもできず、ただ見ているだけの自分を責めていた。そこで、知美は死者の気持ちを、芝居で生者に伝える劇団『Roman House』を思いつく。芝居の力に賭けるのだ。ところが、白血病の知美は双子の妹・愛合に浪漫座を頼み、寿命を全うする。その後、転生した知美は、異世界でも劇団『Roman House』を立ち上げる。知美の計画とは……。まず、知美が死者の思いを、異世界の浪漫座の芝居で現世の愛合に伝える。その愛合が現世の浪漫座の芝居で、生者に伝えるというものだった。
果たして、現世と異世界をまたぐ姉妹の壮大な以心伝心は成功するのか……?