42.D②.大地VS梓
自室にいた南部大地は、加藤緑の突然の訪問にあたふたしながらも、
「ちょっとって、なんだ?」
わざと威圧的に怒鳴ると、緑が入ってきた。
「聞いてほしいことがあって……」
「フン、恨み事か?」
大地は鼻先で笑ったつもりだが、自分でもいつもより威圧感が薄く感じた。
こんなことではいけない、と唇を噛み、目を鋭く細める。
一方、緑は微笑みかけてくる。
演技ではないはず。
だから、危ない。
そう察した大地は、これから緑の口から出てくるだろう言葉に身構えた。
「大地、ありがとう」
危ないと予想していたにも関わらず、大地の心は狼狽してしまった。
本気で、緑から憎まれているだろうと覚悟していたからだ。
恨んで欲しいとさえ願っていたからだ。
自分にしてやれることがない以上、せめて憎まれる方が楽だ、という現実もある。
なのに、ありがとう、だと?
「どういうことだ?」
「あたしがこの島に戻れたのだって、大地のおかげだし」
「それは仕事だ。お前に礼など言われる筋合いはない」
大地は怒鳴るつもりが、喉が萎縮してしまった。
「しっかりしろ。もっと怒鳴り散らせ」
と心中で自分に発破をかける。
お前は最後まで悪ぶり続けるしかないのだ、と。
「うん、わかってる。大地にはそうでも、あたしにとっては大事なことなのよ。だから、どうしても一度ちゃんとお礼を言っておきたかったの」
大地は何か話さなければ、と思いながらも、慣れていない優しい雰囲気に戸惑ってしまった。
もちろん、緑の言葉は嬉しい。
緑が嫌味でこんな大事なことを口にできる人間ではないと、大地が一番知っている。
つまり、緑の本心である。
だからこそ、緑の優しさが辛かった。
緑から愛されることなど期待してはいけないし、許されるはずもない。
もし、自分の本心を知ったら、優しい緑のことだ。
もっと苦しむことになるだろう。
だからこそ、憎まれ役を演じてきたのだ。
一刻も早く、この雰囲気を変えるために、自分が悪人だと思わせるような話題を考えなければならない。
焦れば焦るほど、頭の中が真っ白になっていく。
「ねぇ、大地、覚えてる?」
遂に、緑が話の核心に入る。
嫌な予感が走り、鳥肌が立った。
「8歳のとき、あたしが海で溺れそうになったときのこと。あたしを助けようとした太陽も溺れて、大地があわてて泳いで助けにきてくれたよね。しかも、あたしと太陽の二人とも助けようとしてさ。ホント、無茶するんだから……。結局、あたしと太陽は助かったけど、大地が意識不明になって病院に運ばれた。病院の待合室で、あたしも太陽もずっと泣いていたの」
大地は緑を睨みつけたまま、必死で奥歯を噛み締めた。
気づいてしまったからだ。
自分の目が痛いのは、充血だけでなく、その上に濡れているからだと。
「太陽とあたしはずっとあなたが好きだった。これからもずっと大好きよ。この気持ちだけはゲームにしたくないの」
緑は涙ぐみながらも微笑んだ。
「こんなことを言ったら、大地を苦しめることになるかもしれないと思ったりもした。でも、どうせ辛いんだから、だったら嘘じゃなくて真実で苦しみたいじゃない。だから、あたしたちの気持ちはずっと一緒よ。それだけ言っておきたかったの」
最後に、ごめんなさい、と言い残し、緑は部屋を出ていった。
暫くの間、大地は閉まったままのドアを睨みつけていた。
が突然、
「うわぁぁぁ」
と叫び、飛び出す勢いでドアを開けた。
が、ドアの向こう側に立っている人影に気づき、大地の体はなんとか留まった。
その人影は梓だった。
「どこに行くつもり?」
梓の声はいつものように冷たいが、その表情は悲しそうにも思えた。
「お前には関係ないだろ」
「大地、リーダーになるためにどんな目にあったか、もう忘れたの? あなたはいつかCEOになって、あたしたちを救ってくれるんでしょ。みんな、あなたを信じてついてきたのよ。そんな仲間を裏切る気? 緑はあなたにとって時限爆弾よ。どうして、それがわからないの? 」
大地は梓を睨みつけ、梓も睨み返す。
梓の視線の方が少しだけ強かったのか。
それとも、梓の潤んだ瞳に負けたのか。
結局、大地は部屋のドアを閉め、思いっきり壁を殴るしかなかった。
この作品と並行して書いている次回作品、「異世界劇団『Roman House』」の第1話プロローグを6月8日(日)13:00に投稿予定です。読んで頂けると嬉しいです。
(内容)並木知美(19)は知っていた。多くの霊が天国に行けずにいることを。彼らは大切な生者が苦しんでいるのに、なにもできず、ただ見ているだけの自分を責めていた。そこで、知美は死者の気持ちを、芝居で生者に伝える劇団『Roman House』を思いつく。芝居の力に賭けるのだ。ところが、白血病の知美は双子の妹・愛合に浪漫座を頼み、寿命を全うする。その後、転生した知美は、異世界でも劇団『Roman House』を立ち上げる。知美の計画とは……。まず、知美が死者の思いを、異世界の浪漫座の芝居で現世の愛合に伝える。その愛合が現世の浪漫座の芝居で、生者に伝えるというものだった。
果たして、現世と異世界をまたぐ姉妹の壮大な以心伝心は成功するのか……?




