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41.D(南部大地)①.大地の唯一の生きる支え

 南部大地はすべてを諦めていた。

 期待しなければ、傷つかなくてすむと思っているからだ。

 加藤緑から好かれたいとか、感謝されたいとか、一度も思ったことがない。

 嫌われるのも怖くなかった。

 いや、緑から憎まれたいとさえ思っている。

 期待しないことが一番の強みだと、大地は自分に言い聞かせて生きてきたからだ。

 ひとつだけ羽賀太陽に負けない絶対的な自信がある。

 それが大地の唯一の生きる支えにもなっていた。


 緑の部屋から自室に戻った大地は、自分の気持ちと対峙(たいじ)する。

 緑の心が太陽に向いているのは誰が見ても明らかだ。

 だから、なんだ!

 と大地は心中で言い捨てる。


「緑の運命を守れるのは俺だけだ!」


 唯一の心の支えを(つぶや)く。

 机上のパソコンのディスプレイには、緑の部屋が映っている。

 監視カメラの映像だ。

 もちろん、緑も承知している。

 気分転換するつもりで、大地はランダムに画面を切り替えたつもりだった。

 が、偶然にも最も観たくない場面に遭遇し、つくづく思う。

 皮肉を通り越して、運命を感じるよ、まったく、と。

 画面に映っているのは、羽賀宅のリビングだった。

 家族団らんか、と大地は嫌味を込め、鼻先で笑う。

 ちょうど、親子三人でアルバムを開いたところだった。

 恐らく、和雄と美子が提案したのだろう。

 太陽が緑からすべてを聞いたはずと察した二人は、家族アルバムを見ながら、親子の絆を深めるつもりに違いない。

 だが、大地は同僚である和雄と美子にさえ、 心中で毒づく。

 そんな単純な方法で、太陽が緑の話を否定するとでも思っているのか、と。


♢ ♢ ♢ ♢


《防犯カメラの画面の中(羽賀宅リビング)》 


「あ、この写真……」


 と、太陽が指さしたのは、5歳時の自分の写真だった。

 少し赤く()れている左頬に涙のあとを残したまま、親の影響か、ピースポーズで笑っている。

 “泣いたカラスがなんとやら”を連想させた。


「父さんから初めて殴られたときの写真だ」


 (なつ)かしそうに太陽が微笑む。

 和雄も思いだしたのだろう。

 バツが悪そうに、


「そうだったかなぁ?」


 ととぼけるしかないか。


「そうだよ。あのとき、ぼくは緑と喧嘩して、カッとなって殴ったんだ。その上、父さんに怒られて、思わず緑のせいにしてしまった。本当はぼくが悪かったのに。きっと父さん、本当のことをわかっていたんだね。だから、いきなり殴った。そんな卑怯(ひきょう)な真似するなって。あのときの父さん、真っ赤な顔をして目に涙をためていた。そんな情けない人間になったら悔しいじゃないかって言われてるようで、ぼく、急に自分が許せなくなって、ワンワン声をあげて泣いたんだ」


 和雄も(なつ)かしそうに苦笑する。


「そうしたら、母さんが言ってくれた。お父さんはあなたが悪い子だって怒っているんじゃないのよ。太陽はいい子よ。わたしたちの自慢の子よ。でもね、 いい子でも、大人でも、失敗したり、間違ったりすることはあるのよ。問題はそのあと、どうするかが重要なの。お父さんはそのことに怒ってるの。あなたには自分から逃げない強い子になってほしいから。本当は太陽が一番わかっているでしょ」


 そう言いながら、美子も涙ぐんでいる。

 

「ぼく、父さんと母さんの子どもで良かった。本当にそう思っているんだ」


♢ ♢ ♢ ♢


 ディスプレイを見ながら、大地は思う。

 それは太陽の正直な気持ちだろうと。

 これからどうなるかわからないにしろ、この気持ちはずっと変わらないと、両親に伝えたいに違いない。

 すべてを知った今でも、太陽にとって和雄と美子は敵ではない。

 大事な両親なのか。

 家族の大切さを教えるつもりの和雄と美子だったが、どうやら逆に太陽から教えられる羽目になったようだ。


「太陽、確かに努力は認めてやる。だが、お前は甘すぎるんだ」


 と大地は言い捨てる。

 和雄と美子にとって、ミイラ取りがミイラになるには、まだまだ壁が高すぎる。

 藤堂から受けた辛い記憶が、あまりにも鮮明に残っているからだ。

 太陽、お前にはどうすることもできないんだよ、と大地が独りごちた。

 そのときだった。

 (はか)ったように、携帯電話の呼び出し音が鳴り響いた。

 明らかに、いつもより大音量だ。

 送信者の意図を察し、(すみ)やかに耳に当てる。

 が、大地が名乗る前に、藤堂の険しい 声が問い詰めてくる。

 というより、脅してきた。


「羽賀太陽に不穏(ふおん)な行動が見られるらしいが、どうなっているんだ?」

「太陽の行動はすべて把握しています。あいつに勝手なことはさせません。絶対に。すべてお任せください」

「もし、失敗したらどうなるか、わかっているな」

「はい」


 自信満々に答えた大地は受話器を置き、パソコンのディスプレイを(にら)みつける。

 画面にはなおも、和雄と美子に囲まれた幸せそうな太陽が映っている。

 大地は画面の中の太陽に向かって再び、“ひとつだけの絶対的な自信”を呟く。


「太陽、緑を守れるのはお前じゃない」


 最後の言葉、


「俺だけだ」


 と、ドアをノックする音が重なった。


「大地、ちょっといい?」


 ドアの向こうから緑の声がする。

 珍しく取り乱した大地は、太陽が映ってるパソコンをどうしようかと一瞬迷い、結局力いっぱい閉じた。


 この作品と並行して書いている次回作品、「異世界劇団『Roman(ロマン) House(ハウス)』」の第1話プロローグを6月8日(日)13:00に投稿予定です。読んで頂けると嬉しいです。

(内容)並木知美(19)は知っていた。多くの霊が天国に行けずにいることを。彼らは大切な生者が苦しんでいるのに、なにもできず、ただ見ているだけの自分を責めていた。そこで、知美は死者の気持ちを、芝居で生者に伝える劇団『Roman(ロマン) House(ハウス)』を思いつく。芝居の力に賭けるのだ。ところが、白血病の知美は双子の妹・愛合めぐりに浪漫座を頼み、寿命を全うする。その後、転生した知美は、異世界でも劇団『Roman(ロマン) House(ハウス)』を立ち上げる。知美の計画とは……。まず、知美が死者の思いを、異世界の浪漫座の芝居で現世の愛合に伝える。その愛合が現世の浪漫座の芝居で、生者に伝えるというものだった。

 果たして、現世と異世界をまたぐ姉妹の壮大な以心伝心は成功するのか……? 


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