40.M⑱.梓の本心
近藤梓は冷笑の印象を残したまま、部屋を出ていこうとした。
ちょうどそのとき、梓の行き先を防ぐように、大地が入ってきた。
廊下で二人の会話を立ち聞きしていたのだろう。
「待て」
大地が出ていこうとする梓の腕を握りしめた。
一方、違和感を露わにした梓は、自分の耳を疑うというジェスチャーをしてみせた。
どうして大地が止めるのよ、と言いたいのだろう。
「ECOに報告しなかったら、あなたがどんな目にあうかわからないのよ。なのに、どうしてこんな女を庇うの?」
「庇ってるわけじゃない。ただ、これからどうなるか、見てみたいだけだ」
梓は明らかに不信感の塊のような視線を、大地に向けた。
「嘘! あなたは緑が好きなのよ。だから、聡のプレイヤーに許嫁として緑を推薦したんでしょう」
え? と、あまりにも予想外の成り行きに戸惑った緑は、思わず大地を問い詰めてしまう。
「本当なの?」
「何をバカなことを言ってるんだ」
大地はあくまでも白を切りとおすつもりらしいが、梓が許さない。
「本当よ。あんた、聡の許嫁に選ばれなかったら、今頃ぼろ雑巾のように捨てられて、テロ グループに渡されていたんだから。自爆テロ要因としてね。何も知らなかったでしょ」
今度は大地が梓に向かって、
「口がすぎるぞ」
と責めた。
リーダーである大地の命令では、梓も黙るしかないのだろう。
それでも、決して納得したわけではないようだ。悔しそうに唇を噛んでいる。
大地は威圧的に緑を睨みつけ、
「とにかく、今回のことは大目に見てやる。但し、これから勝手な真似は許さない。いいな」
それだけ言い残すと部屋を出ていった。
二人だけになっても尚、梓は悔しそうに睨んでくる。
その鋭い視線の意味を感じ取った緑の気持ちが、怒りから悲しみに変わっていく。
初めて共感できたというか、同じ女子中学生として、梓の感情がやっと理解できたからだ。
「梓、 あなた、大地が好きなのね」
「あたしが彼を……?」
梓はバカにしたように笑い捨てた。彼女自身の運命を笑い飛ばそうとしているように、緑には思えてならない。
「あたしたちに誰かを好きになるなんて許されないのよ。緑、あんたもね」
緑から指摘された今となっては、梓も気づいているに違いない。
自分の瞳が沁みる理由を。
それでも言いたい。
どうしても吐き出さずにはいられないのだろう。
「大地はこの島のリーダーよ。そのために、物心がつく前から厳しく育てられてきた。見ているあたしたちの方が辛かった。7歳の時、CEOは泣き叫ぶ大地の両腕を後ろに回し、押し倒した。 そして、うつ伏せに倒れた大地の腰を足で踏みつけて、背中に……」
そのときの感触を思い出したように、梓の体が小刻みに震えている。
「ジュって音が聞こえたわ。大地はCEOの足の下で泣き叫んだ。それでもCEOは冷たい表情で言った。泣くな。そんな軟弱で、この島のリーダーになれるかって。あたしは泣くこともできず、痙攣して気を失った。 それでも遠くでCEOの笑い声が聞こえていた」
「そんな、ひどい……」
梓の本心を知った以上、緑は頬を流れる涙を止められないでいる。
「それが現実よ。だから、あたしたちには誰かを好きになるなんて許されないのよ」
「そんなことない。人を好きになるって自然なことよ。誰にも止められない。自分自身にもね」
「ぬくぬく育ったあんたなんかに、あたしのなにがわかるっていうのよ。どんな手をつかっても太陽を奪ってみせるわ。覚悟しておくことね」
梓は、もう一度緑を睨みつけ、部屋を出ていった。
運命を恨むように、力いっぱいドアを閉めて。
「大地と梓をそんな目に遭わせるなんて、絶対許せない」
そう呟いたあと、緑の心に太陽の願いが甦った。
「皆を守りたい」
そうよ、と緑は悟った。
大地や梓が悪いんじゃない。
両親や島の人たちは敵じゃない。
「太陽と一緒に、みんなを守りたい」
まるで宣言するように、緑は独り言を呟いた。
この作品と並行して書いている次回作品、「異世界劇団『Roman House』」の第1話プロローグを6月8日(日)13:00に投稿予定です。読んで頂けると嬉しいです。
(内容)並木知美(19)は知っていた。多くの霊が天国に行けずにいることを。彼らは大切な生者が苦しんでいるのに、なにもできず、ただ見ているだけの自分を責めていた。そこで、知美は死者の気持ちを、芝居で生者に伝える劇団『Roman House』を思いつく。芝居の力に賭けるのだ。ところが、白血病の知美は双子の妹・愛合に浪漫座を頼み、寿命を全うする。その後、転生した知美は、異世界でも劇団『Roman House』を立ち上げる。知美の計画とは……。まず、知美が死者の思いを、異世界の浪漫座の芝居で現世の愛合に伝える。その愛合が現世の浪漫座の芝居で、生者に伝えるというものだった。
果たして、現世と異世界をまたぐ姉妹の壮大な以心伝心は成功するのか……?




