39.M⑰.梓の存在
森からの帰り道を歩きながら、加藤緑は秘密基地で羽賀太陽と交わした会話を思い出していた。
「他人のことは気にしなくていいの。身から出たサビなんだから。太陽は自分のことだけ心配して」
緑は思わず大きな声を出してしまった。
大地がどんなひどいことをされて社員になったか、自分がどう脅迫されて婚約を承諾したか、身に染みてわかっている緑は、せめて太陽だけは守りたいと切に思ったからだ。
「じゃ、緑も大地を友達だと思っていないわけ?」
思わぬ太陽の質問に、え? と、緑は息を飲んだ。
もう自分の未来は諦めているからいいとして、太陽を苦しめようとしてる大地が許せない。
そう思っているのは事実だ。
と同時に、心のどこかで、大地を信じたい気持ちがあるのも確かだった。
ただ、自分に大地を止めるだけの力があるのか、今の緑には正直自信がない。
でも、太陽は島民全員を守りたいと言った。
あのとき、緑は目から鱗が落ちた気分だった。
ここ数日間で起きた辛い経験のせいで、緑はすっかり自分を見失っていた。
でも、太陽のお陰で大事な気持ちを思い出すことができた。
確かに、何も知らなかった頃の自分なら、自身を信じ、できることをやろうとしたに違いない。
太陽だけではなく、大地も皆も大好きでいたいから。
その気持ちを思い出させてくれたのが、他の誰でもない。
太陽だということが、緑には特に嬉しかった。
それでも、現実的な問題は山積みである。
第一、自分に何ができるのかさえ、見当がつかない。
♢ ♢ ♢ ♢
南部宅に辿り着いた緑は、 外からそっと玄関のドアを開けてみる。
中に誰もいないことを確認し、ほっと一息つく。
それでも、慎重に廊下を歩き、自分の部屋のドアを開けた途端、思わず、「あっ」と声を漏らした。
部屋の中で、梓が待ち伏せしていたからだ。
「おかえり。泥棒猫さん」
「梓、何してるの? ここはあたしの部屋よ」
「あんたの部屋? 笑わせないでよ。いつまでヒロイン役をやってるつもり? アンタもあたしと同じ社員のくせに。ここは全て会社のもの。あんたのものなんて何ひとつないのよ」
そこまで言われては身も蓋もないと、緑も納得せざるを得なかった。
「今日、結婚式の打ち合わせがあったんだって? あたし、何も聞いていないんだけど。結婚式関係は全て、あたしが同行することになっていたはずよね」
「急に連絡があったもんだから……」
「式場に訊いたら、そんな話はないって。どういうことなのかしら?」
緑には言い訳の良いアイディアが浮かばなかった。
というより、梓が相手ではどうしようもない。
「あんた、まさか太陽と会っていたんじゃないでしょうね」
緑はひとつため息をつき、今更嘘をついても仕方がないと諦めた。
「だとしたら、どうだっていうの?」
「まだ、わからないの? 会社に楯突いたら、あんたも太陽も生きていられないのよ」
「あたしたちを殺すとでも言うの?」
梓は、ふん、と鼻先で笑った。
大地の癖に似ていると思ったが、同時に藤堂CEOにも似ていることになる。
それは、そうか、と緑は納得した。
☆TSgame-Co.の社員たちは全員、藤堂CEOに教育されてきたのだから当然だ。
いや、弱みを握られ、暴力で脅されてきたと言った方が真実に近いだろう。
「もっとひどいことよ」
梓が断言した。
「それでも、あたしは太陽を信じる」
「ま、いいわ。すぐにわかるから。会社に報告したらね」
梓は冷笑の印象を残したまま、部屋を出ていこうとした。
この作品と並行して書いている次回作品、「異世界劇団『Roman House』」の第1話プロローグを6月8日(日)13:00に投稿予定です。読んで頂けると嬉しいです。
(内容)並木知美(19)は知っていた。多くの霊が天国に行けずにいることを。彼らは大切な生者が苦しんでいるのに、なにもできず、ただ見ているだけの自分を責めていた。そこで、知美は死者の気持ちを、芝居で生者に伝える劇団『Roman House』を思いつく。芝居の力に賭けるのだ。ところが、白血病の知美は双子の妹・愛合に浪漫座を頼み、寿命を全うする。その後、転生した知美は、異世界でも劇団『Roman House』を立ち上げる。知美の計画とは……。まず、知美が死者の思いを、異世界の浪漫座の芝居で現世の愛合に伝える。その愛合が現世の浪漫座の芝居で、生者に伝えるというものだった。
果たして、現世と異世界をまたぐ姉妹の壮大な以心伝心は成功するのか……?