38.H⑨.藤堂慎一の脅迫と洗脳
皆を守りたいという羽賀太陽の気持ちを知ったら、両親である和雄と美子は喜ぶだろうか?
嬉しいに決まっているよな。
だが、その分、自分たちが太陽にしてきた仕打ちを思い出し、自責の念に駆られることだろう。
南部大地に至っては、最初からすべてを諦めているに違いない。
「太陽、お前の優しさは罪作りだ」
そんな台詞を吐いてみたが、 言葉は虚しく空回りするだけだった。
♢ ♢ ♢ ♢
秘密基地から出てきた太陽と加藤緑を見送ったあと、ハンマーは監視カメラを大地の部屋に切り替えた。
最初に目に入ってきたのは、 血相を変えて立ち尽くしている近藤梓と大地の姿だった。
「結婚式の打ち合わせ? そんな話聞いてないわよ。もしかしたら、緑は太陽と会っているのかも…… 」
視線を逸らす大地の表情を見て、梓も察したようだ。
「大地、知っていたんじゃないの?」
大地は何も答えるつもりはないらしい。
「なにか答えて!」
そう言った梓の瞳が燃えていた。
緑が帰ってきたら、梓からどんな目にあわされるか、修羅場しか想像できない。
思わず、ハンマーは身震いした。
もしかしたら、羽賀宅でも気づいているかもしれない。
そう思ったハンマーが慌てて羽賀宅のリビングを映し出すと、和雄はソファーに座り、新聞を読んでいた。
まだ気づいていないな、と胸をなでおろした直後だった。
突然、「キャー」 と、美子の悲鳴がサイレンのように響いた。
血相を変えた和雄が、慌ててリビングを飛び出していく。
美子はどこにいるんだ?
ハンマー も画面を変えていくと、3部屋目で発見した。
美子は太陽の部屋の中でただひとり、唖然と座り込んでいる。
そこへ、飛び込んできた和雄が、
「どうしたんだ?」
と美子に駆け寄った。
「太陽が……太陽 が……」
美子は震える指先で、机を指す。
机上には、『ちょっと出かけてきます』と、太陽の字で書かれたメモが置いてある。
両親が出かけているならまだしも、二人とも家にいるのに、わざわざメモを残して出かけたということは……。
太陽の行き先に検討がつかないだけに、和雄と美子は恐怖に慄いた。
これは大変なことになった。
ハンマーが心配していると、案の定、映像の中で携帯電話の呼び出し音が響いた。
恐る恐る和雄が携帯を耳に当てた途端、誰かの怒鳴り声が、ハンマーの鼓膜にも体当たりしてきた。
「お前らは何をやっていたんだ!」
その声の主はすぐにわかった。
藤堂真一だ。
ハンマーは頭に桐を突き刺されたような痛みが走った。
社員は全員、脅迫と洗脳によって、藤堂の恐ろしさを植えつけられている。
あの時の恐怖が甦り、思わず体が反応したに違いない。
和雄が受話器を耳に当てたまま青ざめている。
「もし太陽が戻ってこなければ、お前たちはどうなるか、 わかっているな」
藤堂の脅しが本気だと確信しているからこそ、和雄の体は震え上がった。
「テロ組織を裏切り、殺されそうになったお前たちを拾ってやったのは誰だ?」
質問したくせに、藤堂は答えを待つつもりはないようだ。
「会社はお前たちのために、毎年組織に巨額の金を支払っている。そのおかげで、お前たちは殺されずに済んでいるわけだ。そのお前たちが、我が社をクビになり、もう金が入らないと知ったら、組織はどうするかな?」
答えを待たずに、藤堂は冷たく電話を切った。
聞くまでもない、と自信満々だ。
美子も恐怖に慄いている。
「わたしたち、これからどうなるの?」
「……」
和雄に答えられるはずもない。
それでも美子は、
「でも、あれから15年も経っているんだから、組織もなくなっているかもね」
と、希望を探そうとする。
だが……。
「組織は今でもある。しかも、 ☆TSgame-Co.の援助でもっと大きくなっているらしい」
和雄の回答は、美子の細やかな希望さえ、粉々に粉砕してしまった。
ハンマー も思わずひとりごちる。
「俺まで冷や汗が湧いてきたじゃないか」
と。
この作品と並行して書いている次回作品、「異世界劇団『Roman House』」の第1話プロローグを6月8日(日)13:00に投稿予定です。読んで頂けると嬉しいです。
(内容)並木知美(19)は知っていた。多くの霊が天国に行けずにいることを。彼らは大切な生者が苦しんでいるのに、なにもできず、ただ見ているだけの自分を責めていた。そこで、知美は死者の気持ちを、芝居で生者に伝える劇団『Roman House』を思いつく。芝居の力に賭けるのだ。ところが、白血病の知美は双子の妹・愛合に浪漫座を頼み、寿命を全うする。その後、転生した知美は、異世界でも劇団『Roman House』を立ち上げる。知美の計画とは……。まず、知美が死者の思いを、異世界の浪漫座の芝居で現世の愛合に伝える。その愛合が現世の浪漫座の芝居で、生者に伝えるというものだった。
果たして、現世と異世界をまたぐ姉妹の壮大な以心伝心は成功するのか……?