37.H⑧.MCハンマーの想い
受話器を握りしめた高橋美津子が話し始める。
「もしもし、高橋美津子です。羽賀太陽君と加藤緑さんを婚約させてください……無理は承知しています。でも……」
もしかしてん、と閃いたハンマーは、素早く行動に出る。
まず、他の監視員たちの意識が、各自のパソコンのディスプレイに集中していることを確認する。
次に、自分の机の両サイドに分厚い書類ファイルを積み立てて壁を作る。
更に、ディスプレイを2分割する。
つまり、左半分は高橋美津子の部屋のままで、右半分はCEO室だ。
既に創立記念行事は終了しているから、CEO室の防犯カメラの映像を観ることは禁止されている。
もしバレたら、クビだけでは済まされないだろう。
それでも、秘密めいた高橋美津子の行動は、ハンマーの好奇心を駆り立てるのに十分だった。
予想どおり、CEO室では藤堂真一が受話器を耳に当てていた。
「いくらプレイヤーでも、今更そんな勝手が許されるはずないだろ」
怒鳴り捨てた藤堂は、乱暴に受話器を置いた。
いくらCEOとはいえ、相手は顧客だ。
そんな言い方はありえない。
やはり、二人の間には何か因縁めいたものを感じた。
ディスプレイの左半分では……。
プープーと寂しく鳴り続ける受話器を耳に当てたまま、高橋美津子が画面の中の太陽を、じっと観つめている。
その瞳は辛そうだ。
一方、右半分の画面の中では……。
今度は藤堂が電話をかける。
相手はすぐに出たようだ。
「何をグズグズしているんだ。 近藤梓にもっと積極的にアプローチさせろ」
また、ピンときたハンマーは、 高橋美津子の部屋を映している左半分の画面だけを切り替える。
そこには、受話器を耳に当てた南部大地の姿が映っていた。
背後には梓の姿もある。
「必ず、太陽をメロメロにさせてみせます」
相変わらず、大地は自信満々だ。
太陽と緑を取り巻く環境が目まぐるしく変化し、ハンマーの頭もついていけないでいる。
自分がそうなのだから、当の本人たちは尚更だろう。
最近のハンマーはつくづく思う。
毎日何時間も、太陽の様子をパソコンで観続けるうちに、本当にこの子の担当で良かったと。
太陽は呆れるほど優柔不断だが、お人好しで素直な少年だ。
さすがに本気で息子と言うにはおこがましいが、甥くらには思っていた。
それが情というものなのか。
生まれて初めて触れた感情だった。
太陽の笑顔を観ていると癒される。
大地からはいじられ、緑から叱られる太陽を観ながら、
「バカな奴だ」
と呟きながらも、いつしか笑顔になっている自分に気づいた。
恐らく自分が他の監視員から羨ましがられるのは、そのことも大いに関係しているに違いない。
太陽は秘密基地で、みんなを守りたいと口にした。
太陽が言う守りたい皆とは、親友である緑や大地、両親である和雄や美子は当然として、じゃ、と ハンマーは考えてしまった。
その中に俺も入っているのだろうか?
直ぐに心の中で、バカバカしいと切り捨てる。
映像で観ているのは、一方的に俺の方だけだ。
太陽は俺という人間の存在さえ知らないというのに、そんなはずないだろう、と。
そのとき、ハンマーは心の中を吹き抜ける隙間風のようなものを感じた。
空虚な風の音が聞こえたような気がしたのだ。
心が乾燥してザラザラしている、そう思った。
もしかして、これが淋しいという気持ちなのか?
初めて味う感情だった。
幼い頃から親に虐待され、テログループに入ってからは、兵士として何度も死を覚悟した。
☆TSgame-Co.に入社してからは、機械のように働かされた。
社員には大人も子どももいたが、全員がライバルで、友達や仲間と思ったことはない。
嫌なことや辛いことばかりだったが、それでも淋しいと思った瞬間さえなかった。
淋しいと思うのは、そうでないときを経験した奴の気持ちだ。
孤独から抜け出したいと期待している人間の考え方だ。
つまり、淋しいと思えるのは、まだまだ幸せな方なのだと、ハンマーはずっと思って生きてきた。
全てを諦めたはずなのに、今更淋しいだと?
どうかしている。
所詮、俺も☆TSgame-Co.の社員だ。
太陽からすると、裏切り者にすぎない。
憎まれて当然だ。
「今更、どんな顔でそんな身勝手なことを考えられるんだ。お前こそ、いい加減にしろ」
ハンマーは心の中で自分に怒鳴った。
この作品と並行して、以前投稿途中だった『劇団浪漫座より夢をこめて』を最初から書き直しています。題名は、「異世界劇団『Roman House』(内容)並木知美(19)は知っていた。多くの霊が天国に行けずにいることを。彼らは大切な生者が苦しんでいるのに、なにもできず、ただ見ているだけの自分を責めていた。そこで、知美は死者の気持ちを、芝居で生者に伝える劇団『Roman House』を思いつく。芝居の力に賭けるのだ。ところが、白血病の知美は双子の妹・愛合に浪漫座を頼み、寿命を全うする。その後、転生した知美は、異世界でも劇団『Roman House』を立ち上げる。知美の計画とは……。まず、知美が死者の思いを、異世界の浪漫座の芝居で現世の愛合に伝える。その愛合が現世の浪漫座の芝居で、生者に伝えるというものだった。
果たして、現世と異世界をまたぐ姉妹の壮大な以心伝心は成功するのか……?
近日中投稿。乞う御期待。