36.H⑦.太陽のプレイヤー
今頃、羽賀和雄は藤堂CEOに、羽賀太陽の様子を報告している頃だろう。
これ以上、藤堂はどんな命令を下すのか、と想像するだけで鳥肌が立つ。
太陽をどこまで追い詰めれば気が済むのだ。
そこまで考えて、ハンマーはふと思った。
一体、俺はどっちの味方なんだ?
状況からすると、同じ社員の和雄や美子に協力しなければならないことは、重々承知している。あいつらの立場も気持ちも共感できる。
なのに、どうしてあいつらを責めているのだ?
自分にとって太陽の両親役である羽賀和雄や美子、その他の社員たちも仲間ではないか、と一旦思うが、直ぐに、いや違うと否定した。
自分が秘密基地の映像を消去したと知ったら、他の社員たちは自己防衛、あるいは点数た稼ぎのために、迷うことなく藤堂に報告するに違いない。
では、自分の味方は誰だ?
いない。
たったのひとりも。
周りは敵だらけだ。
じゃ、俺は太陽の仲間か? と自問し、それもすぐに否定する。
ただの知り合い、いや、それならまだいい方だ。
きっと、裏切り者の勝手な言い分に過ぎないのだろう。
そう考えたあと、大地の背中の火傷を思い出し、やっとハンマーは気づく。
被害者は太陽や加藤緑たちキャラクターだけではない。プレイヤーに選ばれなかった南部大地も被害者に違いないと。
game isleのリーダーになるために、大地は幼い頃から脅迫と洗脳によって育てられてきた。
その上、唯一、自分を親友だと信じてくれる太陽を苦しめ、憎まれる覚悟で大好きな緑を守ろうとしてきた。
なんて辛い話だ。
そう思いながら、ハンマーはふと不審に思った。
自分の柄じゃないだろうと。
ずっと自己中心的だったのに、太陽や緑ならまだしも、どうして大地の気持ちまで考えているのだ?
もしかして、俺も少しずつ変化しているということか?
太陽のせいで?
それとも、お陰で?
それを嬉しいと言っていいのか、ひどいと言うべきか、そのときのハンマーにはまだ、判別ができなかった。
あぁ、いかんいかん。
今はそんなことを考えているときではない。
本当に最近の俺はどうかしている。
ハンマーは無造作にパソコンの映像を変えた。
ん? ここはどこだ?
誰かの家の中らしいが、それにしても豪華すぎる。
game isleの中に、こんな豪華な屋敷があったっけ?
ハンマーが不思議に思っていると、映像の中、誰かがドアを開け、入ってきた。
長いドレスに白い髪、それに杖。
高齢の女性?
あ、と気づいたハンマーは、偶然にしてもほどがあるだろう、と仰天した。
どうして、この人が……?
画面の中、リビングに入ってきたのは、太陽のプレイヤーである高橋美津子だった。
誰かの策略か?
それとも、陰謀か?
と疑ってしまう。
もしかして、ここが高橋美津子の家なのか?
有り得る可能性としては、回線が混乱しているとしか考えつかない。
でも、だが、しかし……。
ハンマーは否定形ばかりが頭に浮かぶ。
どうして、プレイヤーである高橋美津の家が映っているんだ?
確かに、 game isleの中には多くの場所に隠しカメラが設定され、キャラクターの生活振りを撮影している。
しかし、プレイヤーを監視するなんてありえない。
これでは、まるで盗撮だ。
そんな非常識なことができる人間なんて……と、そこまで考えて、ハンマーは思い当たった。
いる 。
ひとりだけ。
しかし、何の意味があるというのだ?
それに、この高橋美津子という老婆も不思議なことだらけだ。
彼女のファイルには氏名と年齢と資産額しか書かれていない。
しかも、プレイヤーでありながら、太陽の育て方には一切口を出さず、自由に育ててほしいと頼むばかりだ。
それでは、巨額の資金を出してまでプレイヤーになる必要がどこにある?
第一、そんな勝手なプレーヤーを、藤堂CEOが許すはずがない。
やはり、彼女には何か裏がある。
そう感じたハンマーは、もう少し高橋美津子の様子を覗き続けることにした。
パソコンの前に座った高橋美津子は、慣れた手つきで起動し、じっとディスプレイを観ている。
その中に観えるのは、ハンマーがさっきまで観ていた映像だった。
つまり、海の中で顔を洗う太陽の姿だ。
「太陽……」
と、辛そうに呟く高橋美津子の唇は、かすかに震えていた。
ティッシュで目頭を抑えたあと、受話器を手にした高橋美津子が、今時骨董品のダイヤルを回す。
一体、誰に……?
この作品と並行して、以前投稿途中だった『劇団浪漫座より夢をこめて』を最初から書き直しています。題名は、「異世界劇団『Roman House』(内容)並木知美(19)は知っていた。多くの霊が天国に行けずにいることを。彼らは大切な生者が苦しんでいるのに、なにもできず、ただ見ているだけの自分を責めていた。そこで、知美は死者の気持ちを、芝居で生者に伝える劇団『Roman House』を思いつく。芝居の力に賭けるのだ。ところが、白血病の知美は双子の妹・愛合に浪漫座を頼み、寿命を全うする。その後、転生した知美は、異世界でも劇団『Roman House』を立ち上げる。知美の計画とは……。まず、知美が死者の思いを、異世界の浪漫座の芝居で現世の愛合に伝える。その愛合が現世の浪漫座の芝居で、生者に伝えるというものだった。
果たして、現世と異世界をまたぐ姉妹の壮大な以心伝心は成功するのか……?
近日中投稿。乞う御期待。