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35.H⑥.シナリオライターと助演女優賞

「これでよし、と」


 俺はどうかしていたのだろう、とMCハンマーは自己分析する。

 突然、とんでもないことを思いついた。

 藤堂CEOが秘密基地の監視カメラの録画に気づいたら、羽賀太陽と加藤緑の立場が危うくなる。

 誰かが消去しない限りは……。

 知っているのは、できるのも、俺しかいない。

 そういう使命感から実行してしまった、というわけだ。

 本当に、どうかしていた。


「あくまでも、この映像だけだからな。決して会社を裏切ったわけじゃない」


 と、恐怖心から逃避するために、ハンマーは自分にツッコミを入れる。

 それでも、恐怖は(ぬぐ)いきれず、


「だいたいだな……」


 と、最後にはいつも開き直る。

 ここ数日間で、事態が大きく展開しすぎなんだ、と。

 しかも、今回の件(緑がリセットされたり、社員されたり)は、 関係者以外の社員に非通知のままである。

 極秘扱いで緑の件を処理するために、俺たちがどれだけ振り回されたと思っているのだ。

 ミスのひとつやふたつぐらい多めにみてくれてもいいだろう、と叫びたい心境だった。

 もちろん、思うだけで口には出せないが。

 それに、とハンマーは思う。

 太陽を不憫(ふびん)に思ったのは確かだ。

 緑に会いたいだけなのに、そんな太陽の純粋な思いを南部大地が、両親が、島民全員が(つぶ)しにかかろうとしているのだから。

 何も知らないお人好しの太陽に耐えられるのだろうか?

 そう心配する反面、ハンマーは思ってしまう。

 太陽、お前がどんなに皆を守りたいと思っても、どうしようもないのだ。

 15歳のお前に勝ち目はない。

 素直なお前に、大好きなみんなを憎むことさえできないだろう。

 もう諦めろ。

 頼むから諦めてくれ。

 お前のためなんだ、と願う。

 自分勝手な言い分だと分かっていても、祈らずにいられない。

 相手が悪すぎる。

 敵は藤堂CEOだ。

 大地だ。

 両親だ。

 緑以外の全ての島民が敵だ。

 勝負はもう決まったも同然だ。

 わかってくれ、と。


 土砂降りの中、太陽が南部宅へ行き、緑の居場所を訪ねたときの大地の台詞(せりふ)を、ハンマーは思い出す。


「それでも、お前は無理やり緑の口から好きだという言葉を聞きたいのか? もし、そうだとしたら、 得られるのは安っぽい自己満足だけだ。違うか?」

「 両親を無亡くし、苦しんでいる緑の心の傷につけ込むつもりか? それは緑への冒涜(ぼうとく)だ。幼馴染みとして、そんなことは俺が許さない。いくら、お前でもな。いや、お前なら尚更(なおさら)許せない」


 大地の言葉は最高の台詞(せりふ)だった。

 そのあと、太陽が自宅に帰ってからも芝居は続く。

 太陽がずぶ濡れの状態で階段を登ろうとしたところで両親が登場した。

 そして、


「キャッ」


 と、美子が悲鳴をあげてみせる。

 和雄と美子にはプロのシナリオライターがついているはずだ。

 二人だけではない。

 キャラクターに接する社員は全員、シナリオどおりに台詞(せりふ)を吐くだけである。


「どうしたの? ビショビショ じゃないの」


 準備周到(しゅうとう)

 傷ついた太陽が白旗を振っているのに、美子はまだ追い詰めるつもりらしい。

 このシナリオライターは味方なら心強いが、敵なら嫌なやつでしかない。

 美子の驚いた表情もシナリオのト書きどおりだろう。

 ホント、演技派だぜ、とハンマーは心中で毒づいた。


「どう転んだって、助演女優賞が限界だけどな。ざまぁみろ」


 と嫌味を言ってもどうしようもないか。


「 大ちゃんの家に行ったんだってな」


 またしても夫婦の連携プレーだ。

 太陽にとっては最も辛い話に違いない。

 まともに両親の顔を直視できないでいる。

 ただ唇を噛み締めたまま、俯いているだけだった。


「だって、緑が心配だったから」


  太陽は後ろ姿のまま、心を込めて呟いた。

 しかし、リアル育成ゲームには心など意味がない。

 待っていましたとばかりに、和雄が用意された台詞(せりふ)()くだけだ。


「俺たちはお前に幸せになってほしいと、そのことだけを願っている。そのためなら、緑ちゃんの幸せだってぶち壊す。だから、太陽、教えてくれ。それが本当にお前の幸せなのか?」


 何も知らない太陽に、太刀打(たちう)ちできるはずがない。

 和雄と美子は全てを知っていて、しかも模範回答もあるのだから。

 思わず振り向いた太陽の表情は、驚愕(きょうがく)していた。

 分かりやすい性格の代表だから、美子は、 ”きた”と思ったに違いない。

 あとはシナリオどおりに進めるだけだ。

 太陽の唇は一瞬開いたが、すぐまた閉じた。

 自分でも何が言いたいのかわからないのだろう。

 もちろん、緑の幸せをぶち壊したいなどと、 太陽にそんなことを考えられるはずがない。

 しかし、結果的にせよ、そうなるのかと思うと、愚かな自分が許せないに違いない。

 あとひと押しで、太陽の心が折れると、美子は踏んだはずだ。


「太陽、お父さんは本気よ。あなたのためなら、緑ちゃんの結婚だって壊す覚悟はできているの。だから、ちゃんと答えて 」


 美子の台詞(せりふ)も完璧だった。

 太陽の性格を十分把握している上での模範回答だ。太陽に反論できるはずもなく、思わず振り向いたクリクリ瞳から、涙が一気にあふれ出した。


「 違う違う違う。ぼくは緑に幸せになってほしいだけなんだ」


 太陽の真剣な眼差しに、和雄が満足そうな笑顔を返す。


「信じていたよ。お前ならわかってくれるって」


 やはり、こうなってしまうのか。


「さ、お風呂に入りなさい。 風邪ひくわよ」


 美子も母親の存在感を示す。

 まるで子どものように泣きじゃくる太陽を、涙ぐんだ美子が抱きしめた。

 思い出してみると、全てが計算し尽くされたシナリオだと感心せざるを得ない。

 やはり、リアル育成ゲームのプログラムどおりに進むしかないのか。

 女は生まれつき女優だというが、ホント怖いよな、と嫌味なことを考えながら、ハンマーは無性に腹が立ってきた。


 この作品と並行して、以前投稿途中だった『劇団浪漫座より夢をこめて』を最初から書き直しています。題名は、「異世界劇団『Roman(ロマン) House(ハウス)』(内容)並木知美(19)は知っていた。多くの霊が天国に行けずにいることを。彼らは大切な生者が苦しんでいるのに、なにもできず、ただ見ているだけの自分を責めていた。そこで、知美は死者の気持ちを、芝居で生者に伝える劇団『Roman(ロマン) House(ハウス)』を思いつく。芝居の力に賭けるのだ。ところが、白血病の知美は双子の妹・愛合めぐりに浪漫座を頼み、寿命を全うする。その後、転生した知美は、異世界でも劇団『Roman(ロマン) House(ハウス)』を立ち上げる。知美の計画とは……。まず、知美が死者の思いを、異世界の浪漫座の芝居で現世の愛合に伝える。その愛合が現世の浪漫座の芝居で、生者に伝えるというものだった。

 果たして、現世と異世界をまたぐ姉妹の壮大な以心伝心は成功するのか……? 

 近日中投稿。乞う御期待。


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