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34.T⑫.みんなを守りたい

 羽賀太陽は、緑の婚約を応援することに決めていた。

 加藤緑の幸せのために、考えて考えて考え抜いた末に出した答えである。

 全勢力をかけて、緑の力になりたい。

 その気持ちには嘘はない。

 ただ、ずっと緑と一緒にいたいと願う気持ちも、もちろん本心だった。

 どちらが正直な気持ちかと聞かれても、太陽には答えられない。

 太陽は初めて知った。

 人の気持ちは、イエス・ノー だけでは片づけられないこともある、と。

 そんな自分の気持ちを持て余しているのも事実だった。

 ところが、全てがゲームだったなんて……。

 緑から、『リアル育成ゲーム』の説明を聞いた太陽は、「ん~」と(うな)った。

 正直、緑の話はあまりにも現実離れしていて、ピンと来ない。

 ゲームのために、『game(ゲーム) isle(アイル)』という島を作ってしまうとか、人間の自分が育成ゲームのキャラクターだとか、あまりにも壮大すぎた。

 それにずっと一緒にいた両親や南部大地が、ただの役というのも信じがたい。

 かといって、緑が嘘をつくなんてあるはずがない。

 でもでもでも……と頭の中が空回りするだけだった。


「ねぇ、太陽、あたしと一緒にこのgame(ゲーム) isle(アイル)を出よう」

「……どうして?」


 太陽は緑の話の意図が(つか)めないでいた。

 育成ゲームのキャラクターにされていたことと、game(ゲーム) isle(アイル)を出ていかなければならないことが、どうつながっているのか、 理解できなかったのだ。


「どうしてって……当然でしょう。あたしたち、(だま)されていたのよ。両親からも、大地からも」

「でもでもでも……」


 太陽にも緑の辛さは嫌というほど伝わっている。

 でも、それとgame(ゲーム) isle(アイル)を出ることは、 何かが違うように思う。

 その何かがわからないから、言葉が続かない。


「やっぱり、あたしの話を信じてくれないのね」

「違う違う違う」


 太陽は自分でもわかっていた。

 何が、“でも”なんだ?

 何が、違うんだ?

 自問すればするほど、自分から迷路に入り込んでいく。

 足のつく浅瀬で(おぼ)れた人のように、 ひとりで(あせ)って、もがいて、パニックになっていた。

  珍しく、緑も(あせ)っているようだ。


「大地は友達でもないし、おじさんとおばさんも親じゃないのよ」

「だってだってだって……」   


 相手が緑だから尚更(なおさら)、正確に伝えなければと思えば思うほど、蟻地獄に落ちていく。

 太陽は言葉がどんなに大事か、痛感した。


「全部芝居なの。嘘なの。おじさんとおばさんにとって、太陽が好きとか、大事とか関係ないの。ただの仕事なの」

「……」


 遂に、太陽は何も言えなくなってしまった。


「太陽、どうしてあたしを信じてくれないの? 太陽なら信じてくれると思っていたのに……」


 緑は涙目になった。

 怒っているわけではないようだ。

 ただ、 心配でたまらないのだろう。

 そんな緑と向き合って、太陽も涙目になる。 

 緑が話してくれたことを信じていないはずがない。

 というより、絶対的に信じている。

 でも、何かが違うと思う。

 その何かがわからない。

 緑が一生懸命説明してくれたのに、何に引っかかっているのかさえ説明できない自分が悔しかった。

 情けなかった。

 だから、太陽なりに考えた。

 自分の正直な気持ちを伝えよう、と。

 下手くそでも、理屈になっていなくても、 順番なんてめちゃくちゃでもいい。

 とにかく思っていることを全部言おう。

 それしかない、と。


「ぼくは父さんと母さんが大好きだ」

「え?」


 緑は明らかに不思議そうだった。

 それはいつも自分が言ってることにすぎないからだろう。


「大地だって大好きだ」

「太陽、だからね……」

「島のみんなも大好きだ」

「……」

「 ぼくの気持ちは変わらない」

「 それって、真実を知った今でもそうだってこと?」


 緑が手探(てさぐ)りで()いてくれる。


「うん。だって、ぼくが逃げたら、 大地や父さん、母さんはどうなるの?」

「太陽の気持ちはわかるけど……」

「どんなことがあっても大地はぼくの親友だし、父さんや母さんは親だと思っている。あ、また同じことを言ってるね。ごめん。でも、ぼくにはそれしか言えないよ」

「太陽の気持ちはわかるし、太陽らしいとも思う。でも、現実にどうするの?」

「どうするって……?」


 太陽は考えていなかった。

 一体、どうしたらいいのだろう? 

 その前に、子どもの自分に何ができるのだろう? 

 わからないわからないわからない……。

 太陽はまた、黙って(うつむ)いてしまった。


「太陽はみんなに何をしてやりたいの?」


 また、緑が導いてくれようとしている。


「ぼくがしてやりたいこと……?」

「じゃあね、こう考えて。太陽は何を願っているの? みんなにどうなってほしいの?」


 それは、今までもこれからもずっと変わらない。


「ぼくは父さんや母さんや島民のみんなとずっと一緒にいたいんだ」


 それだけだ。

 あ、わかった。


「そのために、みんなを守りたい。今逃げ出したら、一生後悔すると思うんだ」


 一瞬、 緑は驚いたように見えたが、少し考えたあと、いつもの笑顔を向けてくれた。

 なぜか、ほっとしているように見える。


「そうか。そうだよね。太陽ならそうするよね 」

「でも、緑は危ないから逃げて」

「そんな……」

「もちろん、ちょっとの時間だけだよ。全部終わったら絶対迎えにいくから」


 緑は笑顔で首を左右に振った。


「あたしも手伝う。だって、太陽ひとりじゃ心配だもん」


 太陽は心配なような、嬉しいような気持ちになった。

 どちらも真実に違いない。


「太陽、大事なことを思い出させてくれて、ありがとう」


 緑は向日葵(ひまわり)のような笑顔を向けてくれた。

 何回、いや、何百回、この笑顔に勇気づけられてきたことだろう、と太陽は思う。

 そして、 一番辛いのは緑のはずなのに、今度もまた助けてくれた。

 今までは、緑を大好きだと思っているだけでいいと考えていた。

 でも、と太陽は決心する。


 これからは自分が緑を守りたい、いや、守らなければならないんだ、と。


 この作品と並行して、以前投稿途中だった『劇団浪漫座より夢をこめて』を最初から書き直しています。題名は、「異世界劇団『Roman(ロマン) House(ハウス)』(内容)並木知美(19)は知っていた。多くの霊が天国に行けずにいることを。彼らは大切な生者が苦しんでいるのに、なにもできず、ただ見ているだけの自分を責めていた。そこで、知美は死者の気持ちを、芝居で生者に伝える劇団『Roman(ロマン) House(ハウス)』を思いつく。芝居の力に賭けるのだ。ところが、白血病の知美は双子の妹・愛合めぐりに浪漫座を頼み、寿命を全うする。その後、転生した知美は、異世界でも劇団『Roman(ロマン) House(ハウス)』を立ち上げる。知美の計画とは……。まず、知美が死者の思いを、異世界の浪漫座の芝居で現世の愛合に伝える。その愛合が現世の浪漫座の芝居で、生者に伝えるというものだった。

 果たして、現世と異世界をまたぐ姉妹の壮大な以心伝心は成功するのか……? 

 近日中投稿。乞う御期待。


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