26.M⑫.結婚式のリハーサル
加藤緑には、幼馴染みである羽賀太陽の気持ちが嫌というほどわかる。
だからこそ、太陽が気づく前に早く片づけなければ……。
「今から、結婚式と披露宴のリハーサルがあるから付き合って……」
勢いよく立ち上がった緑は、 強引に太陽の腕を引っ張っていく。
一方、太陽はしきりに頭をひねり、何度も両足を絡ませ転びそうになりながら、なんとか歩いている、そんな感じだった。
20分後、緑は結婚式場にある打ち合わせ室の椅子に座り、 タブレットで映像を観ていた。
その映像には披露宴会場に一人で立っている太陽の姿が映っている。
緑が連れてきたものの、
「ちょっと待ってて」
と消えてから、もう20分以上が経つ。
太陽の性格はよく知っている。
想定外のことが起こると、 どうしていいかわからなくなるのだ。
緑から告げられたとおりじっと待つとは、よく言えば素直だが、要するに頭の回転が遅いのだ。
しかし、決して頭が悪いわけではない。
太陽はそんな自分の性格も自覚していた。
その上で、
「 ぼくはそれでいいんだ」
とよく言ったものだった。
そんなことを平気で言えるところが好きだし、尊敬もしていた。
でも、今の太陽の脳内は嵐の真っ只中に違いない。
自分はそんな太陽に、最終宣告をしなければならないのだ、と緑の気持ちは沈む。
10分後、緑はウェディングドレス姿で、披露宴会場のドアの外にスタンバイした。
横にはタキシード姿の新井聡が立っている。
このリハーサルのことは、昨夜、電話で聡に頼んだ。
そんな自分勝手な願いをふたつ返事で受け入れてくれた彼には悪いと思っているし、感謝もしている。
でも、仕方ない、と緑は自分に言い聞かせた。
そこで、打ち合わせのとおり、ファンファーレの音楽が鳴り響く。
いわゆる、パンパカパーン、パンパンパンパンパカパカーンである。
ドアが開く。
披露宴会場は真っ暗。
と突然、緑と聡はスポットライトを浴び、眩しさのあまり視線をそらすが、すでに遅し。
一瞬、目の前が真っ白になり、世界がぼやけた。
やがて、視界が戻ってくると、太陽が驚く、というより、 唖然と立ち尽くしていた。
そこへ、スピーカーから流れてくる司会者の声が、追い打ちをかける。
「これより、新井聡様と加藤緑様の結婚披露宴の予行練習を始めます」
太陽は口をポカンと開けたまま、バージンロードを歩く二人を目で追うしかないのだろう。
驚きのあまり、思考が停止した状態。
そんな感じだった。
聡と緑が新郎新婦席に座るのを待っていましたとばかりに、再び司会者の声が囃し立てる。
「それでは、新婦の友人代表である羽賀太陽様にスピーチをお願いいたします」
元からして頭の回転が遅い太陽が、不意打ちで緑の披露宴の予行練習と聞いた今、スピーチどころか、この状況すら把握できるはずもない。
頭の中が爆発したように、体が小刻みに震えていた。
と突然、背後から肩に置かれた手に気づいたのだろう。
太陽が思わず振り向く。
そこに立っていたのは、しょうがねぇなぁ、と言いたそうな南部大地だった。
大地は軽く微笑んで、
「俺がやるよ」
と言い残し、マイクの前に立つ。
「聡君、緑さん、ご結婚おめでとうございます。同じ病院で、まずぼくが生まれ、翌日に緑さんが生まれ、またその次の日に、そこにいる太陽君が生まれました。それからぼくたち三人はずっと一緒でした。幼馴染みなんてもんじゃありません。腐れ縁と言ったところでしょうか……」
なにがなんだか理解できないまま、涙が溢れ出した太陽は、披露宴会場を飛び出していった。
緑は心中で謝りながら、視線を落とすしかない。
そんな緑を、じっと見つめる誰かの視線に、本人は気づいていないが……。