24.M⑩.太陽との再会
翌朝の9時頃、加藤緑は中学校の校門が見渡せる歩道に立っていた。
タブレットディスプレイで、中学校の事務室のカウンター上方に設置された防犯カメラの映像を観ながら。
その映像の中では、羽賀太陽が事務員に、緑の転校先を調べて欲しいと頼んだところである。
もちろん、緑が自ら太陽を監視しているわけではない。
南部大地の命令だった。
映像を観ながら、緑は太陽の内心を考えてしまう。
素直な太陽のことだから、昨日の出来事、つまり死んだはずの緑の両親と会ったことで、なにか疑問を抱いた、なんてこともなく、そのまま他人の空似と信じたに違いない。
ただ、ざわついた心が何かしなければと駆り立て、中学校の事務室に駆け込んだのだろう。
小窓越しに対応した事務員が、分厚いファイルをめくっている。
時間稼ぎのために書類を調べるふりをしながら、頭の中では必死で対策を練っているようだ。
彼にとって、太陽の来校は想定外だったに違いない。
太陽自身が思いついたのは家を出る直前だし、誰にも告げず自転車を走らせた。
しかも、昨日から今朝にかけて、関係者は緑の両親の件でバタバタしていたから、事務員が太陽の行動を知らされたのは、数分前のはずである。
もちろん、緑の転校先など存在しないが、その真実を明らかにするわけにもいかない。
どう誤魔化すか、事務員の思考回路は高速で回転しているだろう。
「加藤緑かぁ。載ってないなぁ」
「そんなはずありません。どうしても転校先を知りたいんです」
事務員はもう一度書類をめくるふりをしたあと、ファイルを勢いよく閉じた。
「やっぱり、載っていない」
知らぬ存ぜぬで押し通すことに決めたようだ。
「だって転校してまだ1週間も経っていないんですよ。もっとよく調べてください」
柄にもなく、太陽は強い口調で抗議した。
まだ、中学生とはいえ、それがおかしいことぐらいはわかるはず。
だが、事務員も引くわけにはいかないのだろう。
「載っていないものは仕方ないだろ」
そう怒鳴ると、小窓をバタンと閉じた。
♢ ♢ ♢ ♢
タブレットの中、中学校から出てくる太陽の姿を発見した緑は、視線を現実の校門に向けた。
実物の太陽がうつむき加減で、トボトボと歩いてくる。
逃げ出したい気持ちを抑えるために、緑は大きなため息を吐いた。
一方、視線を上げ、緑に気づいた太陽は自分の両足を絡ませ、転びそうになった。
歩き方を忘れるほど脳が驚いている、そんな感じだ。
今、緑の目の前で、太陽が唖然と立ち尽くしている。
太陽との再会。
緑にとって、想像では待ちに待ったシチュエーションなのに、現実には起こって欲しくない出来事だった。
緑の脳裏に、昨夜の大地の言葉が甦る。
「じゃぁ、緑、お前がこいつらの責任を取るって言うんだな」
意を決した緑は唇を噛む。
一方、何も知らない太陽が、
「緑……」
と呟き、自分の頬を抓っている。
太陽のことだから、思いっきり。
「いてててて……」
と涙目になりながら。
「やっぱり、緑だ。本物の緑だ。やったぁぁぁ」
太陽の驚きは痛みに変わり、最終的には喜びだけが残ったようだ。
太陽の変わり身の速さは天下一品。
そこが憎めないところでもあるけれど……。
太陽の喜びが大きければ大きい分、緑の心は暗くなっていく。
それでも、無理に笑顔をつくってみせた。
「太陽、ちょっと付き合って」
言い終わらないうちに、緑は学校と反対方向に歩き出す。
人は逃げたいとき、つい早歩きになると聞いたことを思い出した。
では、自分はなにから逃げたいのだろう? と考えてしまう。
答えは、
「あまりにも多すぎる」
考えすぎるのは悪い癖だ。
少なくとも今は、と緑は自分に言い聞かせた。
気になって後ろを振り向くと、太陽の顔がにやけていた。
単純だから、考えていることが顔に出ている。
話したいことがたくさんある。
ありすぎるから悩んでいる。
1日中話し続けても尽きないほど。
歩きながら、 何から話そうかと考えているのだろう。
そんな感じだ。
太陽のことなら、よくわかる。
だから辛い。
分かりすぎるのも、良し悪しだと、 緑は初めて知った。
緑は心の中で太陽に詫びる。
「太陽、あなたはわたしがいなくなってからのことを全部教えてくれるつもりなのよね。でもね、わたしはすべて知ってるのよ。隠してて、ごめんね」
太陽の善意を踏みにじるようで辛かった。
太陽と一緒に歩きながら、緑は昨夜、ベッドの中で考えたことを思い出した。
このgame isleに戻ることを決めたときから、太陽を苦しめると覚悟していた。
でも、それはもう二度と太陽には会えないと言われていたからだ。
太陽を苦しめるとわかっていても、現実にその姿を見なければギリギリ耐えられると思っていたのに、大地が太陽に会えと言う。
しかも、自ら婚約の件を告白しなければならないなんて……。
自分にできるのだろうか?
緑には自信がなかった。




