21.T⑧.緑のおじさんとおばさん……?
町役場をあとにした太陽は、とぼとぼと歩き出す。
もう行く当てなどない。
いつもであれば、大地や両親に相談するところだが、心配をかけるだけだと思いとどまった。
それにしても、と太陽は思い出した。
「あのときの緑、なんか変だったなぁ」
それは昨日のことである。
バスの最後部座席から自分に向けた緑の表情が、気になってしかたないのだ。
最初は驚き、次に安堵したかと思うと、急に強張っていた。
確かに、おかしい。
叔父さんと何かあったのかな?
太陽は確かめずにいられない。
「 緑の力になりたいのに、どうしたらいいんだ?」
太陽は力なく呟いた。
緑のことで頭がいっぱいの太陽は、そのまま家に帰る気になれず、目的もなく歩き続けた。
ふと、周りの風景がいつもの生活圏から離れていることに気づく。
とほぼ同時に、ん? と太陽が首をかしげた。
ある男女に気づいたからだ。
彼らは道路から、ある家の中を覗き込んでいた。
二人とも、帽子とマスク姿だった。
泥棒か? と思った瞬間、男女が横を向いた。
あ、と太陽が驚く。
「緑のおじさんとおばさん……?」
清掃員の服を着てはいるが、似ている。
思わず太陽の足が止まった。
「あの~……」
と声をかける。
振り向いた中年男女は、緑の両親にそっくりという次元ではない。
瓜二つだった。
帽子とマスク姿とはいえ、物心がついた頃からの付き合いだから、太陽の目を誤魔化せるはずがない。
やっぱりそうだ、と口にした太陽が、満面の笑顔で近づいていく。
が、その中年男女は、突然逃げ出した。
「あ、待ってください。ぼくです。太陽です」
二人が逃げるから、太陽も追うしかない。
三人は商店街に入り、太陽がもう少しで追いつけると思ったときだった。
突然、
「わ~」
と、左側から叫ぶ声が聞こえた。
反射的に太陽が声の方を向くと、自転車に乗った出前持ちが突進してきた。
と思った途端、出前持ちは太陽とぶつかってもいないのに、自転車ごと派手に転んでしまった。
上半身を起こした出前持ちは、痛たたた、と叫びながら膝を抱きかかえている。
「あ、大丈夫ですか?」
太陽が慌てて助け起こすと、出前持ちは、
「痛~」
と大げさに腰をさすったあと、
「出前、どうしてくれるんだよ? これじゃ、売り物にならないだろ!」
と怒鳴った。
確かに、路上にはチャーハンやラーメンが散乱している。
「ごめんなさい」
出前持ちの威勢に押された太陽は、思わず深々と頭を下げる。
が、その途中、走り去る中年男女の後ろ姿が目に飛び込んできた。
居ても立ってもいられない太陽は、
「話はあとで」
と言いながら、すでに足は走り出していた。
出前持ちの叫び声が追いかけてくるが、今の太陽には言葉ではなく、ただの音でしかなかった。
太陽が商店街を抜けると、目の前は砂浜だった。
二人の中年男女は50m程先を走っている。
というより、砂に足を取られながらフラフラ歩いてると言った方が近いだろう。
ターゲットが見えた分、俄然勇気が湧いた太陽は、更に力強く走る。
体力的にも精神的にも追い込まれた中年女性は、自分の両足を絡ませ転んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
中年男性が手を貸し、起こそうとする。
疲れ切った中年女性は荒い息を吐くだけで、立ち上がるどころか、答える体力も残っていないようだ。
やはり、若い太陽が二人に追いつくのは時間の問題だった。
荒い息を吐きながらも、太陽には問いただすための力がまだ残っている。
「緑は、どこに、 いるんですか ?」
もう逃げられないと、覚悟を決めたのだろう。
太陽の顔を睨みつけながら、中年男性が荒い息遣いのなか、なんとか声を絞りだす。
「な、何のことだよ。一体」
「ぼくです、太陽です」
「お前なんか、知らないよ」
中年男性が吐き捨てる。
「だって、緑のおじさんとおばさんでしょう?」
「またかよ。よく間違えられて困ってんだよな」
「またって?」
「第一、その人たちは死んだんじゃないの?」
中年女性が最終手段を持ち出した。
あ、と大事なことを思い出した太陽は、それ以上何も言えなくなってしまった。
そのときだった。
なんとなく違和感を抱いた太陽が後ろを振り向く。
そこでは何故か、屯する島民たちが右往左往していた。
ある者は慌てたように、ある者はバツが悪そうに。
太陽は不思議そうに首をかしげた。




