20.T⑦.やっぱり、あれは緑だ!
太陽がバスに乗っている緑のそっくりさんをみかけた夜、羽賀宅の食卓ではハンバーグが用意された。
太陽の大好物だ。
なのに、今日の太陽は母の手料理が喉を通らなかった。
食べようとするのだが、つい緑のことを考え、喉に詰まって噎せてしまう。
「太陽、行儀悪いわよ」
母が軽く諭す。
「あ、ごめんなさい」
太陽の謝罪に、母は仕方ないというようにため息をついた。
「今日、緑ちゃんを見かけたんだって? 大ちゃんから聞いたわよ」
「本当なんだよ。緑がバスに乗っていたんだ」
話題が振られたことをこれ幸いにと、太陽は意気込んで答えた。
「そんなはずはないだろ」
明らかに、父の声もため息交じりだった。
「だって……」
太陽の言葉を待たずに、母が口を挟む。
「あなたが友達を大事に思う気持ちはわかるわ。だからこそ、緑ちゃんを信じてあげるべきじゃないのかしら」
太陽は柄にもなく考え込む。
母の話はもっともだが、自分の感に勝るものはないような気がする。
しかし、
「あまり、大ちゃんに心配かけちゃダメよ」
息子にとって最も効果的なのは、何気ない母親の台詞に違いない。
「う、うん、ごちそうさま」
それだけ言い残し、自分の部屋に戻った太陽は、ベッドの上で横になった。
天井に向けた視線が時空を超える。
バスの中から振り向いた緑の表情が、鮮明に甦った。
どうしても、他人の空似には思えないのだ。
物心がついたころからずっと、姉弟のように育ってきたのだから、緑を見間違えるはずがない。
「あれは、やっぱり緑だ」
自分の呟きから、太陽は強い意志が湧き上がってくるのを感じた。
翌日の午後1時半頃、加藤宅に着いた太陽はチャイムを鳴した。
昨夜の計画では、早朝から来る予定だった。
ところが、朝食の最中、母から居間の模様替えの手伝いを頼まれてしまったのだ。
正直、今の太陽はそれどころではないが、緑を探していることを母に悟られたくないから、承諾するしかなかった。
結局、模様替えの手伝いが午前中いっぱいかかり、その後昼食をとってから来たので、最初の計画より遅くなったというわけだ。
太陽は耳を澄ますが、チャイムへの応答はない。
ドアをノックしてみたが、もちろん無駄だった。
そこまでは想定内である。
次に、太陽が向かったのは町役場だった。
役場と言っても、この島だけの俗称で、☆TSgame-Co.の社員が役場の仕事の一部を代行しているに過ぎない。
太陽の目的はもちろん、緑の移転先を調べるためだ。
町役場に入った太陽が、カウンターに近づこうとした瞬間だった。
どこからともなく、島民たちが流れ込んできた。
と思う間もなく、カウンター前には、長蛇の列ができてしまった。
島民たちの列から弾き出された太陽は仕方なく、ソファに座り待つことにした。
それにしても、と太陽は不思議だった。
今日に限って、住民課係の社員が一人しかいないのかと。
それに 、面倒な手続きなのか、社員と島民が揉める件数も少なくない。
一件終了するのに、30分くらいかかる案件もあった。
それでも、緑のためならいくらでも待っていられるのが太陽だ。
結局、3時間以上待たされたあと、いよいよ最後の島民の手続きが終わった。
待っていましたとばかりに、太陽がソファーから立ち上がる。
と同時に、社員が素早く、カウンターの上に『本日の業務は終了しました』のプレートを置いた。
思わず、太陽がカウンターに駆け寄る。
「ちょっと待ってください」
「今日の受付時間は終了しました。明日にしてください」
面倒くさそうに説明した社員は、そのまま奥に行こうとする。
「友達の移転先を知りたいんです」
と、太陽は哀願する。
立ち止まった社員が勢いよく振り向いた。
「委任状は持っていますか?」
「委任状……?」
「なければ無理ですよ。プライバシーの問題ですからね。絶対……」
社員は、最後の“絶対”に皮肉を込めるように、力強く念を押した。




