17.H⑤.MCハンマーの言い分
ハンマーには同僚である、緑の両親役・加藤正樹と恵美の気持ちもよくわかる。
テログループ出身の☆TSgame-Co.の社員には、結婚も許されていない。
子どもを持つなんてもっての外だ。
だからこそ、ゲームにしろ虚偽の家族にしろ、正樹と恵美にとって、緑との思い出は宝物に違いない。
よくぞ、緑を自分たちと巡り合わせてくれたと、神に感謝したこともあるだろう。
このままずっと親子ごっこが続いてくれるかもしれないと、 淡い期待を抱いたこともあるはずだ。
しかし、正樹と恵美は、死んだことにされた。
その上、緑が全てを知ってしまった。
二人にとって、緑から憎まれるのは辛いが、憎まれないのはもっと辛いはずだ。
その分、緑自身が全てを背負い込むことになるからだ。
だが、優しい緑に元両親の二人を憎むなんてできるのか?
緑は躊躇い、悩んでいることだろう。
しっかり者の緑だけに、苦しいはずだ。
一方、緑以上に家族や友人がすべてだと思っている太陽が、リアル育成ゲームの件を知ったら、耐えられないだろう。
そこまで考えたところで、ハンマーは気づき、自問自答する。
お前に、太陽の心配をする権利があるのか?
被ゲーム者である太陽の様子をパソコンで監視している裏切り者のくせに、と。
どんな言い方をしても、所詮ひどい人間には違いない。
それでも、しかたがないと、ハンマーは呟く。
内戦中のため、この国の一般人は、金や会社といった大きな力に守られなければ生きていけない有様だ。
☆TSgame-Co.が裏でどんな汚いことをやっているか、わかっている。
だが、生きるためには仕方ない。
裏切り者の勝手ないい訳にしか聞こえないだろうが……。
それに、とハンマーは思う。
テログループに拉致され、自爆要員になった子どもたちに比べれば、ちゃんと三度の食事もでき、暴力を振るわれることもなく、普通に生活が送れる太陽や緑の方が幸せだ。
そう信じていた。
そのときまでは。
♢ ♢ ♢ ♢
緑が衝撃の事実を知った翌朝も、ここ放送室では何もなかったかのように、キャラクターを監視する仕事が始まった。
次々に、プレイヤーたちから子育てに関する身勝手な指示が届き、監視員たちの悲鳴に似た怒号が飛び交う。
金持ちだけあって、プレイヤーたちはエゴの塊だ。
何でも自分の思い通りになると信じている。
今朝も、あぁしろ、こぅしろと要求してきた。
中には前日と真逆の命令をしてくることも珍しくない。
いくら洗脳されているとはいえ、子どもたちも生身の人間だ。
「そう簡単にいくか!」
監視員たちの悲鳴はやがて、ぼやきに変わる。
そして、最後はいつも僻みにも似た、
「ハンマーはいいよなぁ」
に行き着く。
穏やかな太陽の担当は楽でいいと思っているのだろう。
否定はしない。
ただ、隣の芝生はなんとやらで、他のキャラクター担当にはない苦労もあるのだが、それを言っても仕方ないと、ハンマーは諦めていた。
☆TSgame-Co.リアル育成ゲームの特別会員ファイルによると、羽賀太陽のプレイヤーである高橋美津子は70歳を超えている。
高齢の女性がこの育成ゲームに参加するのは珍しい。
それにしても、とハンマーは不思議でならない。
どのプレイヤーも我がままな要求を突きつけてくるのに、高橋美津子だけは違っていた。
金は出すくせに、注文は一切つけない。
「あなたの子だと思って自由に育ててください」
と入力してくるだけだ。
中年間近の独身男には、最も困る依頼だ。
俺が親って柄かよ、と。
結局、ハンマーは高橋美津子の指示を、両親役の羽賀和雄と美子に伝え、彼らが全てを考え実行していた。
その他でも高橋美津子には謎が多い。
ハンマーは直感した。
高橋美津子には何か裏がある、と。
♢ ♢ ♢ ♢
ハンマーはパソコン画面を、公園内の監視カメラ映像に切り替えた。
大地から、太陽はそこにいると報告があったからだ。
画面の中の太陽は、噴水の前でぼうっと立っている。
ハンマーは、画面の隅に映り込んできた大地に気づいた。
大地は太陽の背後からそっと近づく。
いつものように、驚かせるつもりなのだろう。
太陽のすぐ後ろまできた大地が、カメラ目線で両手の親指を立て、ニヤッと笑ってきた。
余裕たっぷりだ。
今までなら、
「太陽、後ろ、後ろ。いい加減気づけよ。ホント、鈍感なんだからなぁ」
そう独り言を呟きながらも、兄弟のような二人を微笑ましく見守っていられたのに……。
ハンマーは、取り返しのつかない大事なものを失くしたような気がした。




