15.M⑦.人質
フン、と藤堂慎一が鼻先で笑った。
「まだ家族ごっこを続けるつもりか? ま、いいだろう。内戦が続く中、 game isleが平和な島と呼ばれるのはなぜか、考えたことがあるか? テログループと手を組んでいるからだ。つまり、我が社がテログループに出資し、彼らはgame isleを守ってくれるという契約だ。そして、TSgame-Co.の社員のうち、 裏切り者や不必要になった者はテログループに渡すことになっている。自爆テロ要員としてだ。つまり、その契約でgame isleは守られているということだ。婚約を断れば、君もそうなる」
「そんな……」
最も驚いたのは、元両親役の二人だった。
そこまでは教えられていなかったのだろう。
二人の気持ちなど無視し、藤堂が話し続ける。
「君だけじゃない。羽賀太陽も同じだ。ま、あいつを生かすも殺すも君次第だというわけだ」
緑にとっては、太陽を人質に取られたも同然である。
藤堂は、これで一件落、と自信に満ちたように断言した。
その夜のこと、緑は本社内の最上階にあるコンピュータZ室に忍び込んだ。
そこは予備室で、今は誰もいないから自由に使用できる、と元両親から教えてもらったのだ。
緑としては、元両親役の二人を許すことはできない。
よりによって、彼らを大好きな太陽を騙し、裏切ったことがどうしても頭から切り離せないからだ。
ただし、娘としての恨みや憎しみは大分薄らいでいた。
CEO室を出たあと、三人で話す機会を持てたからだ。
パソコンを立ち上げた緑は、 ☆TSgame-Co.のサイトから、太陽の部屋の映像を開く。
一目でいいから太陽の様子を見たいという思いからである。
ディスプレイに映っている太陽は、泣き腫らした顔で、必死に笑う練習をしていた。
なぜ太陽がそんなことをしているのか、緑も気づいた。
「変わらないでね」
という自分との約束を守るために違いない。
そう思うと、心が締めつけられる。
自分はその太陽を裏切るかどうか、という究極の選択を迫られているのだ。
『裏切り者』という言葉が頭に浮かんだ。
辛くなった緑は、電源スイッチに手を伸ばす。
大事な人だからこそ、辛くて観ていられない。
緑の指が、電源のオフスイッチに届く直前だった。
突然、
「どうして……?」
と緑は驚いた。
パソコンのスピーカーから聞こえてきた回答は……。
「☆TSgame-Co.のサイトに忍び込んだのさ」
画面に映っているのはサンだった。
「そんなことして大丈夫?」
「なぁに、心配するなって。それより、緑、事情は聞いた。俺がリアル育成ゲームの証拠を見つけて、警察に送ってやるからさ 」
「きっと、セキュリティプログラムが働いているわ。危険よ」
「大丈夫だって。それまで我慢して待っているんだぞ。どんなときも、緑には俺がついているんだからさ。忘れるなよ」
サンは笑顔でウィンクした。
思わず、緑は涙ぐむ。
急にとんでもない真実を知らされ、不安でたまらないのに、逃げるわけにもいかない。
そんな状況の中、サンとの再会はホッとできる出来事だった。
「サン、いつも元気づけてくれて、ありがとう」
「いやぁ、照れるじゃないか。 じゃぁ、安心して待ってな」
サンは笑顔を残し、ディスプレイから消えた。
「気をつけてね」
祈るように独り言を呟いた緑はふと、ディスプレイの隅に表示されている文字に気づき、思わず口をついた。
「プレイヤー……?」
これもサンの仕業かと思った緑が、恐る恐る文字をタッチすると、 『誰のプレイヤーを探しますか? 』の文字が表れた。
打ち込むローマ字入力は当然、『hagataiyou』➡変換➡『羽賀太陽』➡決定➡検索。
ディスプレイに映し出されたのは、老婆の写真だった。
名前は高橋美津子。
年齢70歳と表示されている。
一応、リアル育成ゲームの件は聞いたものの、まだ頭の中を整理できていない緑は暫くの間、その写真を不思議そうに見ていた。




