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11.M③.叔父の態度が激変

 叔父に導かれるままフェリーでgame(ゲーム) isle(アイル)を出た緑は、都会のビルを見上げていた。

 島育ちの緑にとって、その白くて巨大な建築物は怖じ気づくのに十分なほど威圧感を漂わせていた。

 それでも、ビルの上方に掲げられた社名に気づいた緑は、驚きながらも、少し安堵した。

 そこには、『☆TSgame(ゲーム)-Co.(カンパニー)本社』と書いてあったからだ。

 確かに、感慨深さはある。父が勤めていた会社。

 しかも、自分が生まれ育ったgame(ゲーム) isle(アイル)はこの会社のものであり、島民も全て父の同僚か、その家族たちだった。

 つまり、今まで出会った人々はすべて、この会社の関係者なのである。

 化け物の正体がわかり、緑は少しほっとした。


「なんだ~。叔父さんも☆TSgame(ゲーム)-Co.(カンパニー)の社員なの!? パパもそうだったのよ」 


 なんとか早く叔父に近づこうと、緑なりに精一杯気を遣ったつもりである。

 しかし、叔父は振り向きもせず、無言でひとりビルの中に入っていく。

 緑は、game(ゲーム) isle(アイル)で優しかった叔父との違和感を覚えながらも、


「ここは職場なんだから、きっと緊張しているんだ」


 と、自分に言い聞かせるように独り言を呟いた。

 わざと口に出すことで、安心しようとしたのだ。


「待って」


 叔父の背中を追い、ロビーに入った緑は突然、女子社員に声をかけられた。


「あんたは、こっちに」

「え? でも、叔父さんが……」


 緑の視線が探し出した叔父の後ろ姿は、まるで他人のように、ひとりでスタスタと歩いていく。


「あ、叔父さん……」


 慌てて追いかけようとする緑の腕を掴んできたのは、女子社員だった。

 待ってください、という程度ではなく、逃がしてたまるものかと強い力が込められている。

 緑は軽い脅威を感じ、思わず女子社員の表情を窺った。


「その叔父さんからの指示よ」

「あぁ……そうだったんですか……」


 緑は少し、肩から力が抜けたようにホッとした。

 やはり、緊張していたんだなぁ、と自己分析する。

 それも当然よね。

 突然両親を亡くし、初めて会った叔父さんに知らないところへ連れてこられたんだから、と。


 緑が女子社員に案内されたのは、ある部屋の前だった。

 そのドアには『CEO(代表取締役社長)室』という立派なプレートが貼り付けられている。

 理由がわからない緑が立ち尽くしていると、すでに部屋の中に入っていた女子社員から声をかけられた。


「なにしてるのよ? 早く入って。忙しいんだから」


 言われただけでなく、明らかに怒られたのだ。

 なんだろう? この女子社員に対する違和感は? 

 ずっと不思議に思っていたが、今やっとわかった。

 この会社の受付は客ではない身内でも、たとえ相手が子供でも、社内では一応敬語を遣うように教育されている、と父から聞いたことがある。

 いつ、どこから、誰が見ているかわからないからだ。

 でも、この女子社員は敬語どころか、自分に向かって怒った。

 嫌われている? 

 緑はそう感じた。

 でも、会ったばかりなのに、どうして? 

 女子中学生で、働いた経験もない緑には、そんなことしか思いつかない。

 しかもよりによって、案内されたのがCEO室だ。

 訳がわからない緑は、部屋の中を見渡した。

 いくら父が働いていた会社とはいえ、場違いな気がしてならない。

 狐に騙された感じである。

 女子社員が、


「いつまで主人公のつもりでいるんだか」 

 

 と、言い捨てて出ていった。

 勘違いではない。

 明らかに嫌われている。

 緑はそう気づきながらも、どうしてもその理由が思い当たらない。

 そんなやり場のないいやな気持ちを処理する解決策を知らない緑には、ただ耐えるしかなかった。


 ノックの音もなく、再びCEO室のドアが開いたのは、女子社員が去ってから約10分後のことである。

 やっと、叔父が入ってきた。

 あ、と駆け寄ろうとする緑を、叔父は近づくな、と手で制し、『CEO代表取締役』のプレートが乗った席に座った。


「もしかして、叔父さん、社長さんなの?」


 叔父は、フン、と冷たく鼻先で笑うだけで、迷子になった緑の問いはひとり彷徨(さまよ)い続けるしかない。

 緑は戸惑った。

 突然、両親を亡くし、存在を知ったばかりの叔父と出会い、自分はまだひとりで生きていけない子どもだと思い知らされた。

 そして、大切な太陽と別れ、生まれ育ったgame(ゲーム) isle(アイル)を出て、怖そうな都会に連れてこられた。

 その上、叔父のこの冷たい態度である。

 一見、しっかり者に見えるとはいえ、緑もまだ中学生だ。

 ただ、混乱するしかなかった。

 グッドタイミング、いや、バッドタイミングか。

 ちょうどそのとき、気まずい沈黙を破ったのは、突然鳴り響くCEO席の電話の呼び出し音だった。

 あとから考えると、本当に偶然かと疑いたくなるほど絶妙なタイミングだ。

 受話器を耳に当てた叔父の視線が、明らかに緑の表情を覗いてくる。

 なんだろう。この嫌な予感は……。


(つな)いでくれ」


 受話器にそう告げたあと、叔父は電話機のスピーカーボタンを押した。

 そこから聞こえてきたのは、緑の思いもつかない人物の声だった。


「大地です」


 一旦は驚くものの、すぐに緑の気持ちは嬉しさに変わる。早くも懐かしい声に再会時を想像し、気持ちがはやった。

 しかし、大地の次の言葉が、緑の頭の中を真っ白にしてしまう。


「命令どおり、太陽に近藤梓を紹介しました。必ず、緑のことはきっぱりと忘れさせてみせます」


 緑の頭の中は真っ白になった。


♢ ♢ ♢ ♢


 根本的に、なにかがおかしい。

 巨大な陰謀の臭いがする。


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