エレベーターの鏡
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1,000字程度のAI怖い話となります。
会社からの帰り道、もう22時を過ぎていた。久しぶりに残業が長引き、クタクタに疲れた身体を引きずるようにして、マンションのエレベーターへと向かった。12階建てのそのマンションには、住人の配慮なのか、深夜は静寂が支配している。自動ドアの開閉音すら、耳に痛いほど響く。
エレベーターのボタンを押すと、扉が開く音がした。中に誰かがいるのかと思ったが、空だった。乗り込み、12階のボタンを押す。扉が閉まると、独特の静けさが襲ってきた。狭い空間に響く、モーター音と微かな振動だけが現実感を保っている。
何気なく、エレベーター内の大きな鏡に目を向けた。深夜、この鏡に自分以外のものが映り込んでいたら怖いな――そんな陳腐な想像が頭をよぎる。だが、それ以上に奇妙なのは、今日は妙に鏡が曇っているように見えたことだった。指で鏡をこすってみると、曇りが取れる。触った感触は普通のガラスだ。
そのときだった。背後から「遅いなぁ」と男の声が聞こえた。
瞬間、心臓が凍りつく。エレベーター内には自分以外、誰もいないはずだ。恐る恐る振り向いたが、やはり誰もいない。ただ、鏡の中にははっきりと映っていた。自分の真後ろに立つ、30代くらいの男の姿が。
汗が噴き出し、体が動かない。喉が詰まったようになり、声も出ない。ただその男は、にやにやと笑いながら、鏡の中でこちらを見下ろしている。「どうしたの?」と、まるで知り合いに話しかけるような口調で。
エレベーターはゆっくりと12階に到着し、扉が開いた。しかし、足がすくんで動けない。男は鏡の中で、こちらをじっと見つめたままだ。恐怖が頂点に達したそのとき、男が口を開いた。
「次は君の番だよ。」
その言葉を聞いた瞬間、全身に震えが走った。恐怖に耐えきれず、エレベーターから飛び出し、自室に駆け込んだ。ドアを閉め、鍵をかけ、呼吸を整えようとするが、心臓の鼓動が収まらない。
あの男は何だったのか――鏡の曇り、あの笑顔、そしてあの言葉。深夜の静けさの中で、その問いだけが頭の中を支配していた。
翌朝、同じマンションの住人がエレベーター内で倒れているのが発見されたという話を聞いた。その日は平然を装って過ごしたが、あの「次は君の番だよ」という言葉が、心の奥でずっと響いていた。
それ以来、エレベーターに乗ることはできなくなった。階段を使うたびに、あの鏡の中の男の顔がふと脳裏をよぎる。どこにもいないはずのあの男が、今もどこかで笑っている気がしてならない。
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