夜闇を歩く者
アーシェと仕事を終え、渚は夜の道を歩く。都市の夜は裏路地は真っ暗で一寸先は闇になる程何も見えなかった。
「今日の依頼も楽勝だったね」
「そうだね、帰ってご飯にしよう」
そうして帰り道を歩いていると、後ろから何者かがつけてきているのがわかった。アーシェは気付いてないようだが、渚には気付いていた。渚はアーシェの手を引いて足を早める。
「どうしたの? 渚ちゃん」
「つけられてる、振り払うよ」
渚は足を早めては裏路地の複雑な道を右へ左へと進む。つけてくる者もそれに合わせてついてくるが、ここで、曲がり角を曲がった先で渚達を見失った。
「何処に?」
「ねぇ、ボク達に何か用?」
背後からショットガンをつけてきた者に渚は突きつける。つけてきたのは男のようで、抵抗する気はないのか、手を上げた。
「お前が、ナハトヴォルフの女王だろ?」
「そうだけど、何、ボクに喧嘩でも売りにきたの?」
「ちがう! 頼み事をしにきた」
「頼み事?」
敵意がないようなのは分かったので、渚は銃を下ろす。すると男はほっとしたようにすると、話を始めた。
「俺はある国に仕えている者だ。最近その国の貴族が悪逆を働いてると耳にした。そこで俺は、ナハトヴォルフまで依頼をしに行こうとしてたんだが、丁度女王が通りかかったから直接頼んだまでだ」
「それで、その貴族ってどんな事をしてるの?」
「毎日毎日女で遊んでは、それを使い捨てて、使い捨てたら次はまた別の女を無理やり連れてきては遊んでいる。それどころか、自分の街を我が物顔で歩いては道行く人を勝手に理由をつけて処刑する始末だ」
その話を聞いた途端、渚の拳が握られるのをアーシェは気付いた。
「国の騎士団は止めてはくれないの?」
「無理だ、騎士団はその家族と癒着している。私にも私兵がいるが、その程度では奴らを止めることができない」
「王様に進言はしたの?」
「進言しようとしたが、権力でもみ消された…私より向こうのほうが、権力としては上だからな。
アレもダメコレもダメとどうしようもない話題だなぁと渚は思う。
「そっか、だからボク達に依頼しにきたんだ」
「あぁ、どうか、その貴族の悪虐を止めて欲しい」
「…分かったよ、確かに話は聞いた。詳しい話はギルドでお願いできるかな」
「分かった」
そうして渚達は男をギルドに連れていった。
ーーー
ギルドに着いて事情を聞くと、ジェフリーはうーんと悩んだ。
「貴族が相手か……しかもその貴族の在り方、どこか記憶に残るような在り方だ」
「ボクも正直ムカついてる。昔を思い出すから」
「渚ちゃん…」
アーシェが渚を心配する中、渚は怒りを露わにした。
「はい、手配書はこちらで出しました。どうかこの依頼を受けて、貴族を止めてください」
スッと出された依頼者に、印鑑が押される。これから渚はこの依頼書の貴族を殺しに行くことになる。
「今日はもう遅い、渚、お前はここに泊まってくといい、家族にも連絡しろよな」
「分かったよ」
「アーシェ、渚のことは心配だろうが、安心しな、あいつはきっちり仕事をこなすタイプだから」
「うん、分かった」
アーシェはそのまま家に帰り、渚は元々自分の家であったギルドの2階に泊まることになる。2階で自分の部屋に入り、ベッドに横たわると、渚は昔の思い出を思い出した。
【そら! 泣け! 痛みで体を捻らせて!】
【お前は僕の所有物だ、所有物風情が物を申すな!】
【ゴミにくれてやる飯なんてこれで十分だ、パンと水さえあれば生きていけるだろう】
あの時のことを思い返すと、渚は怒りで歯を食いしばる。まだこの世には、そんなことをする連中がいるのかと。いや、きっとごまんといるだろう、自分の知らない世界で、そんな傲慢な行為をしている者達は山ほどあるだろう。ならばせめて、そんな連中の1人や2人、消して回ってもいいかと渚は思ったのだった。
「……眠れない」
眠れない渚は起き上がって時計を見る。もうギルドはしまっていて、誰もいない時間帯だった。頭の中でぐちゃぐちゃになる感覚を抑えながら下の店のところまで降りる、するとそこでは、ギルドの営業を終えたジェフリーが勘定をしていた。
「なんだ渚、眠れないのか?」
「うん、まぁ、そんなところ……」
渚は店のカウンター席に座ると、ジェフリーに頼んでもらってホットミルクを出してもらう。暖かなホットミルクを飲みながら、渚はジェフリーに話す。
「………思い出したんだ、昔のこと、忘れようとしても忘れられなくて、ずっと頭の中をぐるぐるぐるぐるして、それで寝られなくて…」
「……あぁ、そうだな、お前を拾った時も、そう言えばそんな貴族を相手にしたな」
ジェフリーは渚を拾った時のことを鮮明に思い返す。
「あの時のお前は……虚ろな目をしていた。この世の全てに絶望して、どうにかなってしまいそうなほどの表情をしていた。今でも思い返すと、お前を拾って正解だったと思う、人1人の命を救えたのだから」
「そうだね…」
そうして渚はホットミルクを飲みながら、過去を振り返り始めたのだった。