ボロボロの帰り
「あー……また親父に怒られる」
全身ボロボロの格好になった渚が裏路地の道を通っては帰る。
今渚を襲えば殺せそうだが、裏路地の連中は誰も手を出してこなかった。
これも渚の実力を知ってのことだからだ
「帰りにいつもの屋台で鳩焼きでも買って帰ろうかな」
そう言っては露店の並ぶ通りまで行き、渚は鳩焼きを焼くおじさんに声をかける。
「おじさん、鳩焼きを一本」
「あいよ、渚ちゃん。今日も仕事帰りかい? えらくボロボロじゃないか」
「ちょっとヘマしただけだよ、大丈夫、まだボクは生きてる」
「裏路地で頑張るのはいいけど、渚ちゃんはもう表通りの住民だろう? ここに固執する必要はないんじゃないのかい? 普通に冒険者でもやっていけると思うけど」
「表通りは空気が澄み過ぎててなんか慣れないんだよ、ボクはこっちが好みなの」
そう言っては鳩焼きを受け取り、お金を渡して食べては帰る。
彼女は裏路地の住民ではある。だが、少し前に引越しを行い、表通りの住民になった。だが、表通りで仕事するより、裏路地の空気が彼女が好きで、何よりナハトヴォルフというギルドが、彼女にとっての居場所となっていた。
串に刺さった鳩焼きを食べて帰るが、これのアングラな味も彼女の好みだった。裏路地は彼女にとって、住み慣れた街であり、彼女にとってのホームタウンだった。
表通りとは違って、行き交う人々は誰も怪しげな雰囲気を漂わせ、時に粗悪品のインプラントに挿げ替えられた人がいたり、時に表通りじゃ暮らせない亜人がいた。ここにいる人々は、表通り以上に個性豊かなものが多かった。
そんな中、渚は露店である女性を見つける。
「…ラファリス、どうしてこんなところに」
「あら? 渚じゃない、どうしたの? またこんなに怪我をして…仕事の帰り?」
「…そんなところ、ラファリスは何をしていたの?」
「娘達に買ってあげるお菓子を探していてね、何がいいか迷っていたの」
渚の目の前にいたラファリスと呼ばれる女性、彼女にも、酒場のサキュバスのように色白で角と尻尾が生えていた。それもそのはず、彼女こそが現在の彼女の血筋のサキュバスクイーンで、渚にとってはサキュバスにした張本人であり、義理ではあるが血筋の母親となる。
娘と言っていたが、ナハトヴォルフで働く給仕のサキュバス達やその他のこの周辺のサキュバス達は、皆彼女の娘という扱いであり、渚はその最初の娘、サキュバス達の姉にあたる存在だった。
そんなラファリスを見て、渚はお店で手頃なお菓子をいくつか買った。
「これでいい? 娘全員分足りる?」
「ええ、助かるわ、ありがとうね」
個人が作った手頃なお菓子、それをラファリスに渡すと、2人で帰り道を歩く。
「お母さん、こうして渚と一緒に歩くのなんだか久しぶりに思うわ」
「そう…?」
「えぇ、最近のあなたは忙しそうで、全然こっちに顔を出してこなかったもの」
確かにそうだ。全異世界で勃発的に起きた、罪人の魂を持つ機械の兵士、マシンノイドとの戦いである機械兵大戦、その最前線である新世界で戦っていたのだ。こっちの世界にて活動していた時間が短く、ラファリスに会うこともなかったからだ。
「でも。またこうして昔みたいに一緒の時間を過ごせて嬉しいわ。また、ママって呼んでくれる?」
「昔って、そんな前の話じゃないでしょ、それに…ママって呼ぶの、何だか恥ずかしいし」
「ふふっ、恥ずかしがるあたり、人として成長してるわね」
ラファリスが微笑むのを見て、渚は昔のことを思い返す。ラファリスに会ったのはジェフリーに拾われてしばらく経った頃だ。
殺しの技術を身につけて、今の自分なら何でもできる、そう思って初めての任務に望んだ時、大怪我をして死にかけたのだ。その時だった、ラファリスに会ったのは。彼女は自分の血を飲み込ませ、渚をサキュバスにする代わりに彼女の命を救った。
最初はサキュバスの体は嫌だった。人間だった頃がよかったと思った。だが、ラファリスに拾われて生活していくうちに、家族の繋がりを徐々に感じるようになっていき、今では渚の母親代わりになっている。
ラファリスの下に集うサキュバスは、そんな社会的弱者が生まれ変わったもので、ジェフリーのところで働いているのは、そんな彼女達だった。
当初はラファリスは娘達の搾精をどうしたらいいかと悩んでいた。そこで、ジェフリーの店で働かせることで、搾精と仕事を両立させて彼女達が生きられるようにした。
渚に関しては特別で、搾精しなくても専用のエナジードリンクを飲むことで生活が可能にこそなっている。だが。やはり精の確保が一番の問題だった。なので定期的にラファリスのところに行っては精を分けてもらったりしていた。
「じゃあ、ボクはここで別れるね」
「ええ、店では娘達によろしくね」
「うん、わかった」
手を振っては別れを告げ、ラファリスと別れて店に戻る。すると店では勢力図の変化で盛り上がっていた。
「獣牙がいなくなったことでこの辺りは俺たちのものになったな!」
「道いく奴らに通行料でも取るか? 金になるぞー?」
「ちょっと、そんな悪いこと考えてちゃダメでしょ」
「渚、戻ってきたのか。獣牙の壊滅、確かに確認した。よくやったな」
カウンター席に座り、牛乳を受け取ると、疲れをとるべく渚は一気に飲み込む。ジェフリーはそんな長さを苦笑してみていたが、渚のやり遂げたことを考えると、誇らしく感じた。
「怪我ばっかして帰ってくるが、本当にお前はよくやっているよ」
「どうしたの急に褒めて、明日絶望でも攻めてくるの?」
「洒落にならん冗談はやめてくれ」
ジェフリーは再び苦笑するが、渚が確保してきた獣牙のいた土地をどう利用するか考える。
「この店の2号店でも作るか、それなりのならず者の冒険者を集めてな」
「店主兼ギルドマスターは誰がするのさ? いくら親父でも二つの店のギルマスができるわけないよね?」
「それはそうだな……頼りになりそうなやつをあたってみるか」
そう言ってはジェフリーは考える。
「ねーそれよりご飯食べたい」
「ああ、悪かったな、今日はエビピラフだ、まぁいつものように店のまかない料理だが勘弁してくれ、好きなつまみを二つまでならタダで出してやるから、領地拡大祝いに」
「じゃあ枝豆とバターコーン」
渚に言われるまま、店のアイテムボックスから枝豆とバターコーンの材料を取り出すと、ジェフリーは料理を始める。
「そういえば今日、ラファリスに会ったよ」
「おっ、どうだったか? 元気にしてたか?」
「うん、まぁそれなりには、娘達によろしくってさ」
そう言ってると渚の周りに他のサキュバスが寄ってきた。
「何々? ママに会ったの?」
「えー、渚お姉さんだけずるい」
「仕方ないよ、渚姉さんは外で仕事ができるから」
「そのうちまたママがここに来るよ、娘たちの様子を見に、今ママは他の娘の世話でも忙しいから。だから元気に仕事をして、ママを出迎えてあげよ?」
はーいと言ってはサキュバス達は仕事に戻っていく。それを見届けた渚はふふっと笑った。
「お前も姉としての自覚を持ってきたんじゃないか?」
「そうかな?」
ジェフリーにそう言われ、渚は少し微笑むと、ご飯に手をつけた。