4話
前半は薫視点で後半は隼斗視点です。
隼斗視点では、なぜ彼が女嫌いになったのか、そしてなぜ薫だけは大丈夫なのか、その理由が明らかになります。
「薫さん、私と付き合っていただけますか?
もちろん、結婚も考えた上で」
誰かー!助けてー!
この跪くイケメンをどうにかしてください!
ああもう!
アタフタしていると隼斗さんに言われた。
「やはりそんなにも佐倉家のご兄弟に想いを寄せているのですか?」
はっ?何言ってるの?
隼斗さんの言っている言葉の意味が分かりません。
ため息をつかれた。
「夫人があなたのことを『鈍感』だと言った理由が分かりました」
あっ、なるほど。 勘違いしているのね?
「優勢にぃも遥輝にぃも私の大切な従兄弟です。恋愛感情はありません」
「同情したくはないですが、お二人とも不憫ですね」
ん?
それにその残念な子でも見るような瞳はやめていただけますか、隼斗さん?
「ではもう一度。お付き合いしていただきたけますか?」
少し躊躇ったが優勢にぃの言葉が浮かんだ。
『結婚してから彼のことを知ればいい』と。
そうだよね!だからOKしよう!
「分かりました。これからよろしくお願いいたします」
頭を下げた。
だが、一つ言っておかなければならないことがある。
「でも、私は隼斗さんのことをまだよく知らないので、きちんと知ったあとで結婚をしたいです」
彼しか知らないのは不公平だからだ。
「分かりました。これからよろしくお願いします、私の彼女さん、いえ婚約者さん?」
普通に了承された。
婚約者なの、かな?
それにしても、隼斗さんすごく嬉しそう。
これのどこが『氷の貴公子』なんだろう?
(いつもはこんなんじゃないはずなんだけどね)
(氷の貴公子の心を溶かすなんてさすがは薫ね)
(あいつには敵わねえ)
(本当に彼はお父上にそっくりだな)
と、佐倉家の人間は心の中で思っていたが、そんなこともつゆ知らず、隼斗さんと私は今後のことについて相談し合った。
その後、おじさまたちに報告に行った。
おじさまも麻子叔母さまも喜んでくれて嬉しかったものだ。
優勢にぃと遥輝にぃは何とも言えない表情をしていたけれど。
どうしたのだろう?
「では薫さん。明日にそちらに参りますのでお父上と律先輩にもご報告しましょう」
うわっ!絶対にからかわれるやつだ。
覚悟しておこっと。
そして隼斗さんが我が家を訪問した。
「実は薫さんとお付き合いしておりまして……」
「そうかそうか!」
父さん、嬉しそうだね。
「これからよろしくな、隼斗」
「はい、律先輩。というか、お義兄さんと呼んだほうがよろしいですか?」
ん?展開早いね。どうした、二人とも。
困惑している私をよそに未来の義兄弟は会話を進める。
「そっちの方が嬉しい」
「分かりました、お義兄さん」
兄さん、そんな嬉しそうな表情久しぶりに見たよ。
「いや~、母さんも喜んでると思うぞ」
父さんが涙を拭く。
母さんも喜んでくれるなら私は嬉しいよ。
ん?ちょっと待って?
「兄さんこそ結婚しないの?」
「唐突だな、我が妹よ。ちなみに俺は婚約者がいるぞ?」
えっ、聞いていないんだけど?
そういえば、と兄の結婚話を出してみたのに私が知らないだけで婚約者がいるなんて!
「言っていないからな」
開き直んないの!
兄さんも父さんもどうして言ってくれないの!?
「今教えるからいいだろう?俺の婚約者は綾瀬家の御令嬢だ」
綾瀬家といえば日本有数の車メーカーだよね。
どこでその人と知り合ったの?
私達と同じお見合いとかかな?
「あぁ有名ですもんね。律先輩と綾瀬家の御令嬢が婚約しているのは」
隼斗さん、そのこと有名なの?
他家の婚約関係って社交会で噂されるものなの?
「どんな人なの?」
「優しくてお淑やかだが、同時に聡明で負けん気が強い女性だ」
へぇ~、なんと返せばいいか分かんないな。
「お前にガサツさをなくしてお淑やかさと美しさを足した感じかな?」
兄さん!?妹のことブスって言いたいの!?
「そういうことじゃない。
ただ彼女は『社交界の薔薇』と謳われるほどの美貌の持ち主だから」
まぁ私はそんなにも『美人!』というわけではないもんね……
兄さんは母さんに似てイケメンだけど、私は父さんの平凡な顔立ちを引き継いだからね。
「まぁまぁ、薫さんも『幻の百合姫』と社交界で言われていますから」
隼斗さん、そうなの?ていうか、なんで百合?
「今は亡き夕崎社長の夫人が昔、『社交界の百合』と呼ばれていたそうですよ。
そして夫人にそっくりなあなたもまた『百合姫』と呼ばれているんです」
母さん、綺麗だったもんな〜。
でも、私あんまり母さんに似てないと思うよ?
特に兄さんの方が似てると思う。
それに、『幻の』とつくのは、私が社交界に全く出ていないからかな……
まぁ兄さん、その婚約者さんにいつか会わせてね。
絶対に!!
父さんたちに報告が終わり、別室で話し合いをする。
そういえば、
「隼斗さんのご家族に報告しなくてもいいんですか?」
大事なことだよね!
「仕事が忙しいので、また今度にしましょう。
それに夕崎社長から、私達が付き合ったことを報告されますよ」
そうなんだ……
父親同士仲良くて良かったというべきか、プライバシーの欠片もないじゃないかと怒るべきか迷う。
まあ、いいか。
「話は変わりますが、もっと私のことを知るためにお家デートでもします?」
お家デート!いいかもしれない!
「ちなみに、隼斗さんって家事はできるんですか?」
「ええ。ほぼなんでも一人でできますよ」
ほぉ~ 心強いなぁ!
「じゃあそうしましょう」
決まりだー!
「ではまたお会いしましょう」
「ええ、また今度」
✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣
side隼斗
俺、永森隼斗が女嫌いになったのは訳がある。
それは中学生の頃にまで遡る。
当時俺は両親と兄と共に社交界の集まりに出ていた。
その時に飲み物に薬を混ぜられ、別室で、休んでいた俺に『あのひと』は襲ってきたのだ。
「ふふっ、ごめんなさいねぇ。恨むなら私につれないあなたのお父さんを恨んでちょうだい」
ニヤニヤした笑みで俺の服を剥ぎ取った。
俺は男で『あのひと』は女だったが、薬で力が入らず意識が朦朧としてきた。
『あのひと』の狂気にまみれた笑みを見て、俺は吐きそうになった。
その時の事を俺は今でも忘れることができない。
そして、その時に俺は『天使』と会った。
「なにやってるの!?」
その彼女こそ、俺の初恋の人である夕崎薫さんだったのだ。
彼女はあの夕崎商事の社長令嬢で、昔『社交界の百合』と謳われた夕崎郁子、旧姓水嶋郁子という人の娘らしい。
美貌のその人に似て、彼女はとても美しい少女になり社交界では有名だった。
母親を早くに亡くした『悲劇のヒロイン』としても。
そんな彼女が俺の両親を連れて来てくれたのだ。
周りをよく見ているその視野の広さと聡明さ、そして名も知らぬであろう俺を助けてくれた優しさと、大人に立ち向かう勇敢さ。
それらでキラキラと輝いていた彼女に俺は一目惚れしてしまった。
ただ、彼女は父親と兄に溺愛されていて、並の男にはやらんと公言されているほどだったから、すぐに後悔してしまった。
国会議員を代々輩出している家の人間だとしても、俺は次男で議員になるつもりはない。
そんな俺と彼女が共に生きていくことを、彼女の父親と兄は許さないだろうから。
それでもなお、彼女に相応しい男になるために今まで以上に帝王学を学んでいった。
だが、それからというもの、『あのひと』によく似た女性はとことん嫌いになった。
昔の記憶が疼き、吐き気を催してしまうからだ。
だが、問題があった。
社交界には『あのひと』のような派手な服装やけばけばしい化粧をする人が多かったのだ。
それで避け続けていたら『氷の貴公子』と呼ばれ、女性からは忌避されるようになった。
それでも俺は社交界に出続けた。
もちろん、彼女に会うためだった。
だが彼女は社交界に全く顔を見せず、挙げ句の果てに『幻の百合姫』と話題になっていった。
5話目も隼斗視点から始まります。
ちなみに、隼斗は佐倉家でよく笑みを浮かべているのですが、それは佐倉兄弟を牽制するためのものなので、彼らからは恐れられています。