3話
初登場、佐倉家の皆さんです。
佐倉家にご訪問!
「麻子叔母さま、お久しぶりでございます」
綺麗なカーテンシーを披露する。
「久しぶりね薫。元気にしてた?」
「ええ、もちろんです」
麻子叔母さまはぼちぼち五十路の声も聞こえるはずなのだが、とても美しく若々しい。
綺麗なお肌と洗練された服装は叔母さまを若くみせる。
マナーも完璧で惚れ惚れするほど。
いつもアルカイックスマイルを浮かべ、微笑んでいる姿は私の憧れだ。
「聞いたわよ、お見合いをしたんですって?しかも、あの『氷の貴公子』に」
いたずらっぽい笑みを浮かべて麻子叔母さまが言う。
さすがというべきか情報が速い。
それにしても、
「『氷の貴公子』、ですか?」
隼斗さんって氷の貴公子って呼ばれているの?
『貴公子』は分かるよ?隼斗さんって王子様みたいだしね。
でも、『氷』って。
いつもニコニコしており優しい彼を思い浮かべ、人違いではなかろうかと麻子叔母さまを見る。
「ええ。彼、永森隼斗さんのことを皆そう呼ぶの」
「なぜですか?」
「それはね……」
叔母さま、楽しそうですね。
そう言うと扉が急に開く。
「薫、久しぶりだね」
「薫、やっと来たのか!」
こちらに来たのは、叔母さまの息子にして私の従兄弟である佐倉優勢とその弟の佐倉遥輝だった。
「ノックもせず開けるなど……紳士のすることではないわよ?二人とも」
叔母さまがため息をつく。
「薫がお見合いをしたということで聞いてみたいことがあるんですよ」
「だいたい、薫は仕事が忙しいとか言って全然会えないじゃないか」
遥輝にぃ、私は医師だからね?
仕事が忙しいのは当たり前のことだよ。
それにしても、
「優勢にぃ、聞いてみたいことって?」
優勢にぃがふわりと微笑む。
「そうだね、薫。永森の次男とはどんな人だい?興味があってね」
「社交界では会わないの?」
隼斗さんも優勢にぃもそういう集まりには出ていそうなのだが。
「彼は女性嫌いで、同時に警戒心が強い。集まりで会ってもあまり喋ってはくれないよ」
へぇ~、私と会ったときはあんなにニコニコしてたのに。
そう言うと、優勢にぃも遥輝にぃも、しかも普段は全く驚かない麻子叔母さままでも驚いたような表情を浮かべる。
どうしたのだろう?
(氷の貴公子は本当に薫と結婚するつもりなんだね)
(さすがは薫と言うべきかしら…)
(薫ってそういう奴の扱い上手いもんな)
佐倉家の面々がそんな会話を裏で交わしていたが、私は全く気づかなかった。
「で、叔母さまにお聞きしたいことがあるんです」
そうだ、優勢にぃと遥輝にぃと会ったせいで忘れていたが本当の目的はこちらなのだ。
「なぁに?」
「なぜ隼斗さんは『氷の貴公子』とよばれているのでしょうか?」
「そうね、それは彼が女性嫌いすぎるからよ」
ん?私はキョトンとした表情を浮かべる。
「どんなに高位の女性であっても、無表情で無礼にならない程度に挨拶をするだけ。
それに、女性に体を押し付けられて睨みつけたそうよ。
その令嬢は泣き出したとか、失神したとか」
相当女嫌いなんですね、隼斗さん。
でも、私には普通に接してくれていたよ?
なんで私だけ大丈夫なんだろう?
「それにしても氷の貴公子に『隼斗さん』とはね」
優勢にぃが苦笑する。
「それはお見合いで強制されて……」
その私の言葉に皆が苦笑する。
「父さんが私と隼斗さんの結婚を進めたがっていて、どうすればいいでしょうか?」
本当に父さんには困ったものだ。
娘に何も知らせずに結婚を進めるなんて。
当人達の意志がそこに入ってない以上、それは政略結婚と同じだ。
「そう。それであなたはどうしたいの?」
えっ?叔母さまからの厳しい意見に私は少し怯んでしまった。
「厳しいことを言うようだけど、あなたは永森の次男と結婚したくないから相談に来ているのかしら?」
そういうわけではない。
ただ、
「私は隼斗さんのことを何も知らないんです。
彼は私のことをよく知っているのに。
それで結婚するのはよくないかなと……」
「そう。それなら彼としっかり話し合いなさいな」
分かりました、叔母さま!
遥輝にぃも同調する。
「話し合うことは大切だぞ!
それに、話しかけにくいのなら律にぃに聞けばいいだろ?」
確かに!
兄さんなら隼斗さんと顔見知りだし、いいかもしれない。
「遥輝にしてはいいこと言うね。
薫、アドバイスだけど結婚してから彼のことを知ってもいいんじゃないかな?
人柄も律や伯父さんに太鼓判をおされているんだろう?」
ちなみに、優勢にぃは兄さんと同い年なので呼び捨てなんだよね。
それに、結婚してから彼のこと知ってもいいのか!
その考えはなかったな……
「兄貴! 『俺にしては』って失礼だからな!?」
「ははっ、ごめんね。遥輝」
二人とも仲がいいな~
「悩みは解決された、薫?」
麻子叔母さまが微笑む。
もちろん。本当にありがたい。
コンコン
「はーい」
出てきたのは佐倉のおじさまだった。
「おお、薫ちゃん来ていたのか」
「はい。麻子叔母さまにご相談がありまして」
「そうか。もしかしてその悩みは永森の次男関連かな」
えっ、なんで分かるの?
「やはりそうか」
おじさまが苦笑する。
私は表情が分かりやすいらしい。
また、沈黙を肯定と受け取ったようだ。
「あのおじさま?そんなにも私と隼斗さんとのことは有名なんですか?」
なんか恥ずかしい!
「いや、永森の次男が見合いをしたことが話題になっているだけだ。彼は女嫌いだからね。
まあ、彼の心を動かした女性にも噂が飛び交っているが」
えっ?
「じゃあ、なぜおじさまは……」
知っているのかという言葉を飲み込んだが、意図はおじさまに伝わったようだ。
「正晴君から聞いてね」
正晴というのは私の父だ。
つまりおじさまにとっては義弟にあたる。
「先ほど用が会って行ってきたら、嬉々として彼に言われてね」
父さんったら!
佐倉のおじさまとはいえ何ペラペラ喋ってるの!?
もしかしたら、他の人にも言ってないよね!?
「それにしても、永森の次男との結婚が嫌なのならやめればいい。
うちには息子が二人もいるのだから、どちらかの嫁となることもできるしね」
本当におじさまが私のことを気遣ってくれているのが分かり、嬉しくなる。
「はい。ありがとうございます」
その言葉に優勢にぃと遥輝にぃが顔を赤くする。
「いや薫、それは……」
?どうかしたのだろう?
どこか体調が悪いのかと麻子叔母さまを見ると、
「何でもないわ」
と苦笑された。一体なんなのですか、叔母さま?
コンコン
今度は誰だろう?
「はーい」
ガチャ
扉を開けて入ってきたのはなんと、
「隼斗さん!?」
隼斗さんだった。
「佐倉の皆様におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます」
「ご丁寧にどうも」
優勢にぃ、なんか素っ気ない?
いつも誰にでも優しい優勢にぃの、いつもとは違う姿に違和感を覚える。
っていうか、隼斗さんは何でここに?
「久しぶりですね、薫さん。実は道信さんにお誘いを受けまして」
道信さんというのは佐倉のおじさまだ。
あと、隼斗さん何か怒ってるような…
気のせいかな?
「それにしても薫さん。今、優勢さんか遥輝さんと結婚するとおっしゃっていましたが」
はっ?何言ってるんですか、あなた。
「どうやら無自覚なようで」
ため息をつかれる。何なのだ。
「ごめんなさいね。うちの姪は鈍感だから」
麻子叔母さま、何のお話ですか?
「薫のことだから他意はないですよ」
優勢にぃ、苦笑しないで。
遥輝にぃも頷かないで。
褒められているわけではないのは分かるから。
「道信さん、薫さんと別室に移っても構いませんか?」
へっ?
「ああ、もちろんだ」
遥輝にぃ、『ファイト!』ってせずに助けてー!
優勢にぃも苦笑してないで助けてー!
別室に向かっている途中で隼斗さんが
「本当に忌々しい。彼らには牽制しておかなければ」
と呟いたらしいが私は聞こえず、首をかしげるばかりだった。
だが、すぐにその困惑は消された。
別室に入ってすぐに跪かれたからだ。
私はそんなことをされたことがなくて、隼斗さんを前に大わらわしてしまった。
えっ?隼斗さん?
事情が飲み込めないので説明してください!
っていうかその前に、跪くのやめていただいたもいいですか!?
「薫さん、私と付き合っていただけますか?
もちろん、結婚も考えた上で」
もちろん優勢と遥輝は薫のことが好きです。
ただ、隼斗に勝てないことをここで自覚しました。