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エルフリートはロスヴィータの言葉に固まったまま、微動だにしない。小動物のような――小動物にしては背が高いが――彼の姿に、小さく笑ってしまった。
「はは、そんなに驚く事か?」
「だっ……だって!」
わたわたと動き出した彼は、本当に小動物のように見える。ロスヴィータは自分よりも少しだけ身長の高いエルフリートに向けて柔らかな視線を送った。
まだ可愛らしさはあるものの、女性騎士団で仕事をするようになった頃と比べると、ずいぶん大人っぽくなった。いずれ“可愛い”ではなく“綺麗だ”と言われるようになるだろう。
いずれにしたって、ロスヴィータにとって彼は“私の妖精さん”に違いないし、それと同時に“エルフリートという一人の男”でもある事に変わりはない。
そういうわけで、、いつだって大丈夫なのだ。
「私は、明日すぐとかでなければ構わない。彼の準備ができていれば、いつでも受け入れるさ。そうでなければ、そもそも“はい”とは返事しない」
「うぅ……」
とうとう唸り始めてしまった。ロスヴィータよりも、エルフリートの方が“妖精と王子様”に固執してしまっているように見える。だからこそ、もしかしたらロスヴィータの方からこうして歩み寄る事が必要だったのかもしれない。
もっと早くそうしていたら、彼はこんなに困らずに済んだのかもしれない。とは思うものの、この顔がまた可愛らしいからたまらない。
「でもね……あの、ちょっと……賢き神よ、我らを隠したまえ。
その、私ね……あんまり、ロスを意識しちゃうと、エルフリーデじゃなくなっちゃうかもしれなくて……あんまり、考えないようにしてたんだ……」
さらりと魔法を使ったエルフリートが自分の話をし始める。周囲にこの話が知られないようにと結界を張ったようだ。
「だって、私は今エルフリーデで、ロスとは仲良しさん。女同士の親友で……」
むにゅりと彼の唇が歪んだ。彼なりに、役割を演じる為に努力をしていたらしい。彼が思う、周囲が思う“エルフリーデ嬢”を、最大限に表現しているという事だ。
似たような話を、この前の遠駆けでしたのを思い出す。あの時、エルフリートはどっちも自分だけれどフリーデに近いと言っていた。それがまさに、この事だったのではないだろうか。
ロスヴィータは、あの時にもっと掘り下げて聞けば良かったと思った。もちろん、あの話の流れでは聞けたか分からない事は承知の上で、である。
たとえ聞けなかったとしても、その話から感じ取り、察する事はできたかもしれない。
「――でも、そうだね。それはそれ、って割り切っていなかった私が悪い」
「フェーデ」
エルフリートはそっと目を伏せた。思わずロスヴィータは彼の名を呼ぶ。再びまっすぐに見つめ返してきた彼は、エルフリートだった。
「来期……話を進めていいかい?」
緊張による硬さを秘めてもなおまろやかな声が届く。ロスヴィータの声よりも少しばかり低い声。テノールに近いが、軽やかさがあるアルトボイスだ。
もうしばらくして男性として過ごす時間が長くなれば、青年らしいテノールボイスになってしまうのだろう。もったいないと思ってしまう自分がいて、その未練を断ち切るように目を閉じる。
再び目を開けば、ロスヴィータの返事を待つ男が不安そうに見つめている姿が目に入ってきた。
「もちろんだ。楽しみにしている」
そう伝えれば、エルフリートはその美しい顔をほころばせた。エルフリートらしい雰囲気の中での笑みは、ロスヴィータの胸に、普段とは異なる気持ちをもよおさせる。
「来期は話を進めるだけ。焦らず、良い結婚式にしたいから」
「賛成だ」
「ロスは、やっぱり男装で出たい?」
「そうしたら、あなたは女装をするしかないぞ」
「ふふ、みんながびっくりしてしまうね」
エルフリートがエルフリートとして穏やかに話す姿を好ましく思いながら、ロスヴィータは微笑み返すのだった。
二人が自分たちの執務室に戻ると、騒々しい気配がする。互いの気持ちを共有してまったりとした気分になっていた二人は、顔を見合せた。
「……なんだと思う?」
「さあ、なんだろうか。ブライスがやってきた、とかかもしれないな」
いずれにしろ、扉を開ければ分かる。ロスヴィータはそう付け足してノブに手をかけた。
「お、きたきた」
「……これは、一体?」
バルティルデが執務机に腰掛け、にこやかに笑いながら手を振っている。周囲には女性騎士団員が揃っている。人数が少ないとはいえ、全員が集まればそれなりに喧しくなるだろう。
因みに、男性陣はいなかった。
「入団希望者が多くて、しかも期待できそうなんだ……と言いたいところだが、そういう話ではないんだよね。――ほら、マリン」
バルティルデに声をかけられたマロリーが一歩前に出る。その表情は普段と違い、緊張しているように見える。
「結婚式の日取りが決まったから、報告しようと思って」
「そうか!」
「おめでとう!!!」
「……ありがとう」
祝福されてほっとしたらしいマロリーは、小さく口もとをゆるめて微笑んだ。
彼女がアントニオと婚約したのはエルフリートとロスヴィータが婚約する少し前だ。となると、やはり周囲が「そろそろ彼らも」と思い始めるのは当然の流れであるように思えた。
が、それよりも……である。来期は長期の出張が控えている。
ロスヴィータは結婚式の日取りについて話す彼女に頷きながら、新婚さんへ出張を命じなければならない事に内心でため息を吐くのだった。
2025.8.2 一部加筆修正




