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変な空気が流れかけたところで、ケリーが総括した。
「二人は……まだ時期ではないようだね」
「……らしいな」
どうやら何か思惑があったようだ。ロスヴィータは好奇心からそれを聞き出したいと思ったが、エルフリートの意思を無視した速度での結婚は不本意だ。ロスヴィータの好奇心のせいで、すぐに結婚する事になってしまったらと思えば、口には出しにくい。
しかも、隣でもじもじとしているエルフリートは二人の様子に気付きそうにない。なおさら、疑問を口にする事はできなかった。
「まあ、フリーデが卒業するタイミングでもいいかもしれないな。二人ともまだ若い事だし」
「これがブライスくらいの年齢だったら命令してでも結婚してもらうんだがな」
「……そうですか」
ケリーの意味深な言葉にヘンドリクスが頷く。二人の意図が分からないのが、何となく気持ち悪かった。
「どうしてこんな事を聞いたかというと」
どうやら理由を教えてくれるらしい。ロスヴィータは姿勢を正した。
「今期の情勢を鑑みて、以前から案件として上げられていた“カルケレニクス領への道”を整備する事になってな」
「なんと!」
思わず声をあげたロスヴィータに、ヘンドリクスが微笑む。
「その指揮を、女性騎士団に任せたいと考えている。ただ、ずっとそちらにかかりっきりでいてもらうわけにはいかない。他の仕事も沢山あるからな」
「むこうには暗黒期もありますから、工事の期間も調整しないといけません」
ようやく現実世界に戻ってきたエルフリートがつけ足すと、ケリーが「その通り」と続ける。
「暗黒期が始まるまでに現地調査を終え、暗黒期の間に工事の計画を立て、暗黒期が終わり次第工事を実施する。そんな流れにすれば良い。
ロスはバルティルデを補佐として女性騎士団と騎士学校の運営、フリーデにはマロリーを補佐としてカルケレニクス領大通りの件をメインに動いてもらいたい」
ケリーから二人は別行動だと告げられたロスヴィータは、一緒にいる時間が短くなるのは残念だが、この采配が適切である事を理解し、二人に向けて頷いてみせる。
「で、地元に一時的でも戻るのならば、ついでに結婚の話でも進めたらどうか……と思ったわけだ」
「そういう事でしたか」
カルケレニクス領は遠い。一年の内に、王都で仕事をしながら何度も行けるような場所ではない。そうなると、である。いつ話を進めればいいのか、という話になる。
結婚に向けて具体的な話を進めていないから気付かなかったが、確かに総長たちが気を遣って声をかけるのも納得できる話だった。
「フリーデ嬢」
「はいっ!」
「二人が急いでいないのなら、先ほどの話は聞かなかった事にしてくれ。我々の余計なお節介だ。それに、よくよく考えてみれば、現状で結婚すると、少々無理が出そうだしな……」
「……そうですか? 分かりました!」
分かっていなそうなエルフリートの反応に、ツートップが苦笑した。
ヘンドリクスが濁したのは、きっとエルフリートのお花畑の事だろう。確かにこの状態ではこれからの仕事に差し障りが出るかもしれない。
もともと結婚というものに対して何の感情も持っていなかったロスヴィータは、これ以上考える事をやめた。
「では、来期は分担して職務に努めさせていただきます」
「うむ。頼りにしている」
「フリーデ嬢卒業後の事もあるから、ロスはなるべくバルティルデを副官として扱うように。彼女はフリーデ嬢の後任になるのだと知っているんだろう?」
「はい」
バルティルデが入団する事になった時、初めに伝えていたことだ。そして彼女は、いずれロスヴィータの副官として隣に立つ事を同意していた。
元々は一年という話だった。それが、ずるずると続いている。裏を返せば、いつエルフリートがいなくなってもおかしくない状況が続いているという事だった。
「フリーデは女性騎士団を一人で立ち上げるのは大変だからと、陛下のご厚意で所属してもらっている状態である事を、女性騎士団の初期メンバーは理解しています」
「そうだろうとも」
「だからこそ、だ」
「……そうですね。心がけます」
ヘンドリクスとケリー、そしてロスヴィータは頷き合う。エルフリートはそれを大人しく見つめていた。
「……ロスゥ」
「どうした?」
騎士団総長の執務室から退室したロスヴィータは、エルフリートに声をかけられる。隣に視線を向ければ、彼は困ったような笑みを浮かべていた。
「……早い方が、良い?」
彼は主語を抜いていたが、何の話かすぐに分かった。
「いや、どちらでも構わない。そう言うとあなたは困ってしまうんだろうが……」
ロスヴィータがそう言えば、彼は「えへへ……」と力なく笑う。エルフリートがロスヴィータに「結婚してくれ」と言ってきたのは、なかば衝動的な部分もあっただろう。涙をぽろりとこぼしながら告白してきた姿は、一生忘れられそうにない。
だが、彼がロスヴィータを一人の女性として好きだという気持ちを表に出す瞬間はそれほど多くはない。彼の気持ちを疑っているわけでないが、「今すぐ結婚する方向でいこう」とロスヴィータが引っ張るのはまだ早い気がした。
「私は、彼の気持ちが整うまで待ちたいだけだ。もし、彼が今、私の夢を支えるためだけに足踏みしているのであれば、余計なお世話だ」
余計なお世話、という言葉にエルフリートが眉尻を下げた。ロスヴィータはその表情を可愛らしい事だと思いながら、言葉を紡ぐ。
「その場合は今すぐ結婚の話を進めてくれ、そう伝えてくれるか?」
そんなに変な事を言っただろうか。エルフリートの反応にロスヴィータは瞬いた。彼は大きな目をさらに見開き、口を開けて固まってしまっていた。
2026.7.26 一部加筆修正




