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「えっと、それだけですか?」
つい、短すぎる話にロスヴィータが問えば、騎士団総長は顎を撫でて考えるそぶりを見せてから口を開いた。
「ん? 物足りないか? ならば、そうだな……今期は前期の騒動を引きずって大変だっただろう。その中で新しい事を進めるのは簡単な事ではない」
ヘンドリクスが穏やかに笑んだ。ロスヴィータが想像しているよりも高評価で拍子抜けしてしまう。彼はロスヴィータが理解できていないのだと察したようで、ロスヴィータの反応を待たずに口を開く。
「賛同する人間がいるからこそできた事だが、それだけではない事は分かっている。他者に任せるところは任せ、やるべき事はやる。手を抜かずに、よくやりきった。
俺はそこを評価している」
副官であるケリーにヘンドリクスが視線を向けると、彼はすっと小箱を差し出してきた。
穏やかな表情の彼を見つめれば、今度はケリーが言葉を引き継いだ。
「大袈裟に何かをしてやる事ができなくてすまないな。あまりお前たちを褒めすぎるとパワーバランスを気にする奴が出てくるのだよ」
ケリーがロスヴィータたちの事を“お前たち”と呼んだ事で、これがオフレコの話なのだと気が付いた。
「それは、我々からの感謝の印だ」
ぱかりと彼が小箱を開いて見せる。中には、美しいペンが入っていた。ペン軸にはシンプルだが細やかな彫刻がされており、ペン先には小さく光る宝石が埋め込まれている。
そのペンは、魔法具だった。実際の効果は分からないが、インクが長持ちする、とか線が滑らかになるとか、そういう何らかの便利な機能が付与されているのだろう。
「……頂戴します」
ロスヴィータが恭しく受け取ると、ケリーはもう一つ小箱を取り出し、それをエルフリートに渡す。
「同じものを用意した。それで執務に励むと良い」
「つまり、事務仕事も頑張ってって事さ」
ヘンドリクスの言葉に重ねられたケリーの発言によって、有難みが薄れてしまった気もするが……大々的にではなくとも評価してくれた事自体が嬉しい。
ロスヴィータはそっと小箱を撫でた。
「そうだ。こういう下世話な事は話題にしたくはないが……ちょうど二人しかいないからな」
騎士団のトップからの贈り物に頬をゆるませていると、ヘンドリクスが声をかけてきた。
「二人は、いつ式を上げるんだ?」
「……は?」
目の前に座る男から投げかけられた言葉に、ロスヴィータは失礼にあたるのも忘れて端的に聞き返した。
「我々に秘密がバレているという話からしないと」
「ああ、そうか。そうだな」
ケリーがため息混じりにヘンドリクスへ助言をすると、彼は鷹揚に頷いた。この会話だけで話が想像できてしまった。目の前にいる二人に、エルフリートの秘密を知られてしまっているのだ。
あからさまな言葉の選び方に、察するなという方が難しかった。
「あまり気を張らなくて良い。想像できていると思うが、俺とケリーはそのおてんば娘が、本当はそうじゃないと知っている」
ヘンドリクスはふっと表情をゆるめて笑う。
「フリーデ嬢が問題を起こさないなら良い。陛下の意向でもあるし、そこは目をつむろう。で、結婚式はいつなんだ?」
きらりと光る瞳には好奇心。騎士団総長から好奇心を引き出したエルフリートとロスヴィータは、もしかしたらすごいのかもしれない。
「婚約は、していますが日程はまだ……」
「結婚したら引退する、というわけでもなかろうに、何を迷っている?」
結婚を催促するかのような発言に、ロスヴィータは瞬いた。ちらりとエルフリートに視線を向けると、彼は彼で混乱の最中のようだ。
ロスヴィータはどう答えたものか、と思案する。まず、婚約状態のまま一年以上経つのは不思議な話ではない。だから気にも止めていなかったというのが本音だ。だが、それをそのまま口にして良いものか。
「何か事情でもあるのか? お前たちは貴重な人材だ。優秀な人間が職務的な原因で幸せを掴みかねているのであれば、対処する必要がある。何でも良い。言ってみろ」
固まったままのエルフリートは役に立たない。ヘンドリクスに促されるまま、ロスヴィータは正直に言った。
「結婚を急ぐ理由ってありますか? 私はそこがよく分かりません。婚約はしていますし、結婚する気持ちもあります。ただ、今すぐでもなくて良いかなと思っています。
……と格好良く言いたいところですが、全く意識していませんでした。目の前に色々ありすぎて、そこまで気が回っていないんですよ」
肩を竦めながら言えば、ヘンドリクスはケリーと顔を見合せ、笑いだす。
「ほんっとうに……はは、面白いな。因みにそっちの三つ編み小僧はどうなんだ?」
「えっ!? わ、私ですか!」
「お前以外にいないだろ、フリーデ嬢」
豪快に笑うヘンドリクスとくつくつと笑うケリーの組み合わせは、なかなか見れるものではない。エルフリートが慌てふためくさまと相まって、滑稽なシーンでも見ているような気持ちになる。
「えっと、結婚は……その、基本的に私、そういうの考えないようにしてるから……だって、私、ロスのお嫁さんになるなんて……考えちゃったら何もできなくなっちゃうもん」
「そのようだな。既におかしくなってるぞ」
きゃあっと小さく黄色い声をあげて照れくさそうにくねくねする彼を、ヘンドリクスが珍獣を見るような目で見ていた。
2025.7.18 一部加筆修正




