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地味な顔だろうが、派手な顔だろうが、顔を隠すからには理由があるはずだ。
「何の目的が――」
「尋問は、ちゃんと部屋でやろうよ」
「ああ、そうだな」
次々と質問をし始める気配を感じ取ったエルフリートが無理矢理中断させれば、ロッソは頭をかきながら「つい」と笑った。
そうしている間に書類を書き上げたロスヴィータが、書面をひらりと振る。
「拘留の準備はできた。奥へ行こう」
「分かった」
ロッソは男の腕を引き、奥へと進む。所持品の回収をし、拘留用の衣類に着替えさせ、牢屋へ入れる。収納の多い装束は、エルフリートに暗殺者という単語を思い浮かばせた。
エルフリートの精神魔法が効いているおかげで、今のところは問題なく済んでいるが、魔法を解除しても大丈夫なのだろうか。収納されていた備品を眺めている内に不安がもたげてくる。
特殊な人間は、身一つになっても生き延びれるように訓練をしているはずだ。彼の実力は定かではないが、この典型的な普通の牢では心許ない気がした。
「精神魔法、解かない方が良い気がする」
「どうした?」
男を牢に入れただけなのに一仕事終わったかのような顔をしているロッソが、脳天気そうに聞いてくる。ロスヴィータの方はエルフリートの懸念に気付いているのか、無言で険しい表情をしていた。
「だって、この装備……」
「すげぇよな。普通はこんなに持ち歩いたりしないよな」
男の装備として出てきた武器は、投擲用の短剣が二十本、普通の短剣が四本、伸びるタイプの警棒が二本、靴底には刃のついた特殊なナックルが仕込まれていた。
普通のナックルはコートのポケットに収納されていたし、用途の分からない暗器のようなものまでいくつか発見した。
もしかしたら男の体の中にも何か仕掛けが施されていたりするかもしれない。
「すごい、で終わっちゃ駄目だよロッソ」
「でもこれだけの装備、身につけているだけでも大変だぜ」
「だから、精神魔法を解いて素面に戻すのが心配なんじゃないの!」
エルフリートは声を張り上げた。
「増員せずに彼を一晩置いておくつもりなら、それなりに対策を用意しておかないと大怪我する事になるよ!?」
投擲用の短剣を投げる素振りを見せながら言えば、ロッソが顔色を変えた。いや、本当には投げないから。
「お、おい。こっちに刃を向けないでくれ」
「え? 大丈夫なのに?」
「ひぃっ」
仲間との打ち合わせ中に投げるわけがないじゃないか。失礼な。
エルフリートは本格的に怯える彼をひと睨みし、短剣を手放した。
「ロッソ、フリーデの言う事は正しい。だが、フリーデが一晩中魔法をかけ続ける事は賛成しない」
「ロス……」
ロスヴィータが手放しで賛成してくれると思っていたエルフリートは、意外な展開に言葉を失った。
「フリーデ、考えてみてほしい。今、あなたは万全の状態か? 私にはそう見えない。私が言えた事ではないかもしれないが、正直、あまり良い状態ではないはずだ」
「……」
沈黙するエルフリートの肩にロスヴィータの手がそっと乗せられた。
「あなたにだけ負担を強いるのは、我々が一つの組織であるという事を否定するのと同じだ。精神魔法でおとなしくさせ続ける方が確かに楽かもしれない。しかし楽なのは私たちであって、フリーデではない。
それに、精神魔法の長期使用は、悪影響があると聞いた事がある。一晩くらいでは問題ないのかもしれないが、そのあたりも警戒したい」
魔法が切れた後の男の行動が不安だという考えは認めてくれても、自分が少し無理をすればみんなが楽だ、というエルフリートの考えは却下という事だ。
ロスヴィータはエルフリートに対して、満点の接し方をしてきた。エルフリートの状況を冷静に判断し、自分たちが組織として動いている意味を問い、更に精神魔法のリスクを上げる。
「それに、フリーデが一晩中今の状態を保たなくても良い方法があるんだ。もし、まだ魔法を使ってくれる気があるのならば、そちらの方法を選んでもらえたら嬉しい」
「え……?」
彼女は片方の口角を上げ、目を細めた。
「服従の精神魔法ではなく、睡眠の精神魔法を頼みたい。朝までぐっすりと眠れるように」
「あっ」
なるほど、その手があったか。エルフリートはロスヴィータの言う方法を思いつかなかった自分に驚いた。
「魔法を使いっぱなしにするよりは、一度だけ使って朝まで効果が見込める方が楽だろう」
「そりゃ良いや! それなら例え、あの男が俺には適いそうにないあんたら級の強さだったとしても安心だな」
調子の良いロッソ。エルフリートはため息を吐いた。でも、ロッソみたいな実力――決してロッソが弱いというわけじゃないよ!――でも安心できると言うのなら、皆で協力して仕事ができる方が良い。
エルフリートはそう思った。
2024.12.25 一部加筆修正