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「そういえば、ロスは魔法具もあまりよく分かってないよね」
エルフリートの指摘に、ロスヴィータは申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「そうなんだ。魔法が使えないから、とにかく剣技だけを磨いたというわけだ。いや、もちろん戦術なども勉強したが、魔法士と魔法具で分けて考えるものではないだろう? そうすると、気がついた頃には知識に偏りができてしまった」
「なるほどね」
エルフリートは軽く頷いた。彼女は、エルフリートが作った“W”を口に入れる。エルフリートが勉強相手になっても良いが、適任がいる。
もぐもぐと動く頬を観察しながら、提案をした。
「ロス、時々ルッカのところに行ってお勉強してきたらどうかな。彼女の様子も確認できるし、一石二鳥だよ」
「……それは、良いな。さっそく今度頼んでみよう。で、話は戻るが――」
ロスヴィータは、炎の鳥の生み出し方などに興味津々だ。きっと、本当はあのグループの成長を見たかったのだろう。エルフリートは、彼女の望みを叶えるべく、草原に幻惑魔法による劇場を作りあげるのだった。
エルフリートが作った劇を、ロスヴィータは目を輝かせて楽しむ。見せ場がある度、彼女はぱちぱちと拍手を送る。
「こんな感じでね、メアリーが炎の鳥を生み出した時にはみんなの目が点になったんだ」
「それはそうだろう」
エルフリートがメアリーの絵を拡大してみせると、ロスヴィータは大きく頷いた。メアリーの絵は独特だ。おそらく、ロスヴィータの事を見て女性だと気付かない人がほとんどであるのと同じく、メアリーの絵に描かれた内容を正確に理解する人はほとんどいないだろう。
こんがらかった毛糸玉のようなものが、複数描かれているように見える。そしてその毛糸玉に二本の棘が生えていて、それが翼だと言われた。つまり、これが鳥なのである。因みに、鳥ではない似たような塊は太陽と炎と森だそうだ。
「でも、どこが鳥なのか分かるようになったよ」
エルフリートはちよっとだけ自慢げに言った。が、ロスヴィータからは思ったのとは違う反応が返ってきた。
「そのコツ、教えてくれないか?」
瞬きを数回繰り返したエルフリートはロスヴィータに芸術の見分け方を語りつつ、メアリーの絵の解説をする。
「この、大きな塊が鳥なんだ」
「大きな塊はいっぱいあるぞ?」
彼女に指摘され、エルフリートは確かにその通りだと気付いてしまった。だが、慣れればどれが鳥で、どれがそうではないのかロスヴィータにも分かるようになってくるだろう。
「……いや、これは難しいな」
「もう少し頑張ろうよ!」
「暗号として、使えそうな気がしたんだが……諦めるよ。これを周囲に理解させるのが難しすぎる」
そういう事か。エルフリートは納得した。興味を持ったからどういう事かと思えば、騎士としての活用方法を考えていたようだ。仕事人間すぎるが、ロスヴィータらしくて良い。
エルフリートは小さく笑みを作り、ゆっくりと頷いた。
「確かに、そういう運用を考えてるなら諦めた方が良いと思う」
「残念だ」
「お出かけ中なんだから、難しい事はあとにしよう?」
エルフリートがそう言ってロスヴィータが作ってくれたクルートをつまむ。ロスヴィータは「つい、すまん」と言いながら苦笑した。
真面目で、真っ直ぐで、前向きな少女。王子様みたいだと憧れていた彼女は、王子様を地で行く人だった。
「まあ、そんなロスが好きなんだけどね」
「とんだ物好きだ」
くすぐったそうに笑うロスヴィータに、エルフリートはおどけてみせる。
「女装する男と婚約しておいて、それは酷いよ」
「ははは、お互い様だな」
二人で笑いながら過ごす穏やかな時間。それはきっと遠い未来にたくさん作れるだろう。
食事を取り、のんびりと過ごした二人は再び馬上の人となった。速度はない。景色を、そしてこの郊外の空気を味わうように、草葉を踏みしめ、馬を歩かせた。
「私は、あとどれくらいフリーデでいられると思う?」
「……どうだろうな」
ロスヴィータが長身とはいえ、エルフリートはそこから更に背が高くなりそうだった。妹のエルフリーデは、頑張って身長を伸ばしているようだが、それもロスヴィータと同じくらいで止まりそうな気配である。
あまりにも見た目が違ってしまうと、入れ替わりを続けていられなくなってしまう。エルフリートがエルフリーデとして生活できる限界が、そろそろ近付いてきていた。
「幻惑の魔法でどうにかしても良いんだけど、限界はあるからね」
「いつまでも、隣にいてもらう事は難しい……か」
「うん」
本当はずっと、ロスヴィータの隣にいたい。けれども、性別の壁は越えられないのだ。
「あと、一年くらいかなぁ……」
「成長具合によっては、あと二年はいけるだろう?」
「そうかな?」
「いけるさ。あなたはかわいらしいから」
ロスヴィータが笑う。男としてはどうかと思うけど、でも妖精のようになりたい自分にしてみれば褒め言葉だった。
「じゃあ、ロスも王子様がんばってよ。男装の麗人の隣に立つのが女装男だとは、誰も思わないかも」
「がんばって良いのか?」
彼女に流し目をされ、エルフリートの目が泳いだ。ロスヴィータの王子様然としたかっこよさには、毎回のように負けている。
これ以上、王子様のようになられてしまったら、エルフリートの生活に支障が出そうだ。
「あ、ええと……ほどほどが、良いかも……私が倒れそう」
エルフリートがそう言うと、ロスヴィータはおかしそうに笑うのだった。
2025.7.6 一部加筆修正




