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妖精と王子様のへんてこチャチャチャ(へんてこワルツ4)  作者: 魚野れん
ひと段落したうららかな休日

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2

 形が崩れないように工夫を凝らしたお弁当を二人でつまむ。それはとても優雅でかけがえのない時間である。エルフリートはロスヴィータが詰めたのだという弁当の中身に顔を輝かせた。


「どれもおいしそうだし、中身が分かりやすくてすてきだよ」

「ありがとう。フェーデの方は、少し……いや、かなり変わっているな」


 ロスヴィータに指摘される心当たりのあるエルフリートは、小さく頬をかいた。


「そうだよね。私もそう思うのだけれど、フェーデっぽいのとフリーデっぽいの、両方用意してみたくなってしまって。それで、一段ずつに詰めてみた……というわけさ」

「道理で温度差が」

「はは……」


 一段は無骨そうな、もう一段は可愛らしい、同一人物が作ったとは思えないものになっている。我ながら振り幅があるなとエルフリートは苦笑した。

 エルフリートを意識した中身は、牛や豚の肉と野菜を焼いたものを串に刺して固定していたり、肉で野菜を巻いたりしていた。

 一方エルフリーデを意識した中身は、同じ肉巻きのようなものもあるのだが、ずいぶんと様子が違う。肉で巻いた内側の野菜は並べられて文字になっている。それが並べられ、ロスヴィータの名前を綴っているのだ。


「だが、手先が器用だ。これを作るのは手間がかかったのではないか?」

「うーん、それは、それなりに」

「……そうか。ありがとう」


 なにせ、今日は早出である。日付が変わった頃から作っていた。それを正直に言ったら呆れられてしまいそうで、言えなかった。そんなことをしていないで、ちゃんと休めって言われそうだし。

 エルフリートが濁したことで、ある程度は悟られてしまっているだろうが、優しいロスヴィータは、あえて言わなかったことをほじくり返したりはしない。

 効率的に動き、そして真っ直ぐに生きたいタイプの彼女は、ときどき人間の心を持っていないのではないかというくらい正論で厳しい事を言う。だが、他者を慮る気持ちがないわけではない。


「どっちもロスの為に作った特別製だから、食べてくれると嬉しい」

「もちろんだ、いただくよ」


 ロスヴィータが白バラを模した詰め物代わりのパンを取った。それもエルフリートが作ったものだ。辺境の地(カルケレニクス)を守るには、貴族らしい貴族ではいられない。狩りと自炊はできて当たり前、というのが領主含めたカルケレニクス領民の特徴だった。


「本当に手が凝っている」


 エルフリートは、小さな笑みを口元に浮かべて己の作った弁当を口に入れるロスヴィータの姿を見守った。咀嚼するたびに動く頬を、歪む唇を、緊張のまなざしで見つめる。


「うん、おいしいよ」

「よかったぁ……」

「フェーデは料理がうまいな。私が訓練中に足を滑らせて滑落した時も、食べられるものを作ってくれた。あれも、おいしかった」


 ロスヴィータが遠くを見つめた。

 女性騎士団の初期メンバーで山岳訓練を行って遭難した時の事を思い出しているのだろう。


「懐かしいね」

「ああ。あの時の私は、あなたが女装した人間だなんて、思いもよらなかった。あれだけ一緒にいたのに、気が付かなかったんだ」


 あの頃は特に、ばれないように必死だったからなぁ。エルフリートは懐かしさに目を細めた。


「食べるのがもったいないな」

「ちゃんと食べてくれないと、もっともったいないから」

「はは、分かっているとも。フェーデ、あなたも私が作った弁当を食べてくれ」


 穏やかな時間が流れていた。こんなにのんびりとした時を過ごすのは、初めてではないだろうか。いつも何かしらの目的があり、その達成の為に動き回っていたように思える。

 それが、である。何も目的もなく、ただ弁当を広げている。とても幸せな時間だ。


「ロス」

「何だ?」

「おいしい」


 ロスヴィータらしい弁当だった。中身は簡潔だ。パンの間に肉や野菜などが挟まったクルートが並んでいる。食べ物の内容がひと目で分かるような詰め方になっていて、見栄えも華やかだ。

 エルフリートが手にしたのは、揚げた魚が挟まったものだ。適度な塩気のある衣に包まれた淡泊な味の魚がちょうど良い。エルフリートも思わず口角が上がった。

 さすがに衣はサクサクではなくなっているが、それでもなお、おいしさを保っている。


「魚料理は少ないからな。カルケレニクスでは魚も食べていたのだろう?」

「うん。大好き」


 ぺろりとひとつ平らげたエルフリートに、ロスヴィータが小さく笑った。


「魚と鶏を多めにしたよ」

「ありがとう」


 カルケレニクスでは、暗黒期に向けて保存食を作る。

 保存食が悪いというわけではないし、保存食は保存食でおいしいのだが、エルフリートにとって、保存食にしていない食べ物は幸せの味だった。


「そういえば、よく炎の鳥をあそこまで仕上げたな」

「あれは、ちょっと肝が冷えたよねぇ」

「最初の火炙り未遂からは想像できない出来だった。本当にすばらしかったよ」


 ロスヴィータが苦笑を滲ませる。さすがに、命の危険を感じるような()()では当然だろう。


「イメージが大切だよって話をしたら、何とかなったんだ。魔法って、本当にイメージに左右されるから」

「私はそもそも魔力がないようだから、そのあたりはピンとはこなくてな」


 ロスヴィータがうぅむ、と唸る姿が可愛らしく見えた。

2025.6.29 一部加筆修正

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