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結界を張らずに見学するロスヴィータとエルフリートが、彼らの真剣さを引き出したらしい。結果は成功だった。
「……いつもこれくらいの真剣さがほしいところだな。フリーデが結界を張っているから大丈夫だ、と今まで甘えていただろう?」
ロスヴィータがそう言って笑うと、魔法を使っていた三人は気まずそうに苦笑した。
「フリーデ、甘やかしすぎたな」
「えへへ……」
エルフリートは小さく頬をかいた。
「確かに発表会は、催し物の体裁だ。だが、この本質はあなたたちが成長しているのだと、真剣な気持ちで騎士になりたくともなれない人間が、これだけいるのだと知ってもらう事だ。
この発表会で“この人が騎士になったら良いな”と民に思われるような生徒になりなさい」
「はいっ」
発表会という企画を説明した時に、一通り説明はしていたが、お祭り気分に押し流されてしまったのだろう。
「しかし、三人ともすごいな。どれも素敵な鳥だよ。見せてくれてありがとう」
褒められた三人は、ぱあっと顔を輝かせた。
「そしてチェザレとリオーダン。魔法が使えない身で彼らのサポートをするのは大変だろうが、大丈夫だ。私も魔法は使えないがフリーデと支え合っているからな。あなたたちがいなければ、三人は集中して練習ができなかったはずだ。ありがとう」
最後にロスヴィータがそう言って締めると、彼らは嬉しそうに口元をゆるませるのだった。
「ぜーんぶ、良いところをロスに持っていかれちゃったぁー」
「はは、そんな事はないさ。私では彼らの力を導く事ができないのだからな」
エルフリートが足をぶらぶらさせてベンチの背もたれに身を預ける。子供っぽい仕草に、ロスヴィータは頬がゆるむのを止められなかった。
「あっ、笑った!」
「あなたが可愛らしいものだから、ついな。ふふ……」
二人は笑い合い、校舎となった旧アルフレッド邸を見上げた。少し肌寒くなってきた風を受け、また一年が終わるのかとロスヴィータはしみじみとした気分になった。
発表会が終われば、次の年だ。隣国から攻め込まれ、それを追い返したあとの一年は、あっという間に過ぎていった。アルフレッドが捕まってからのカールスによるひと騒動は、なかなか根気の必要な戦いであったし、戦後処理からの騎士学校運営も大変だ。
落ち着く暇はないな。ロスヴィータはそんな事を思う。
「ロス」
「なんだ?」
「発表会が終わったら、ゆっくりしたいねぇ」
どうやらエルフリートも、忙しすぎて休みたいようだ。それはそうだろう。今年は息抜きになるようなものもなく、共に駆け抜けるように過ごしてきたのだから。
「そうだな。たまには、遠乗りとかどうだ?」
「遠乗り……楽しそうだけど、フェーデと行ったら?」
ちらりと視線を送ってくるエルフリートに、ロスヴィータはむずがゆい気持ちになった。どうやら彼は妖精と王子様の組み合わせじゃなくても良いらしい。
「それも良いな。日にちを確認しておいてくれ」
「んもう、私を伝令代わりにするんだからぁ」
ぷっくりと頬を膨らませる彼だったが、その頬はほんのりと薄紅色に染まっていた。
楽しみな約束事が予定に入ると、人間はより能力を発揮するようになる。それはロスヴィータも例外ではなかった。すっきりとした気持ちでエルフリートと出かけたい。ロスヴィータは女性騎士団の仕事を進めつつ、学校の発表会準備に精を出していた。
エルフリートも例に漏れず、かなり気合いを入れて動いていた。例の発表は問題なさそうである。
「手伝った方が良いかと思ったんだけど、必要なさそうね」
「マリン!」
彼女はくすりと笑い、ロスヴィータの隣に立った。マロリーはイアン、リース、メアリーが生み出す炎の鳥を真剣に見つめている。狭い室内を縦横無尽に飛び回る姿は圧巻だ。当日もこの調子で頑張ってもらいたいものだ。
「これ、魔法の構成は炎だけで、それを任意の形にして操作しているのよね?」
「うん、そう。単純な事しかしてないよ」
マロリーはぎぎぎ、とぎこちなく首を動かしてエルフリートを見た。
「これのどこが、単純な事よ。すごく難しいじゃない」
「そう?」
エルフリートは無自覚そうにこてんと首を傾ける。
「だってあなた、一瞬で消える炎をずっと生み出し続けて、しかもその炎は鳥の形にして、って考えるだけでぞっとするわ」
「難しく考えすぎじゃないかなー」
どんどんマロリーの表情が険しくなっていく。久しぶりに見たな、とロスヴィータは他人事のように思う。
「人智の炎、清らかな光、照らす鳥」
マロリーが生み出したのは、小鳥だった。炎と言うよりは光を身にまとっているように見える。練習中の三人がマロリーの詠唱に気付き、一気に視線を向けた。
「フリーデ、これはね。固定概念を破らないと生み出せないのよ」
「マリンもできるじゃん」
「私、この状態だと普段やっている結界に気を回せないわ。鳥の事でいっぱいいっぱいよ」
「そうなんだ……」
少しがっかりした様子のエルフリートに、マロリーはじっとりとした視線を送る。魔法の難易度にピンとこないロスヴィータは、割り込む事はせずに二人を見守った。
「軽々とできるようにさせるのは、良いと思うけれど、通常のカリキュラムの事も少しは考えてよね。変な癖がついて授業に追いつけなくなったらどうするの」
なるほど、マロリーは今後の学生生活の方も考えてくれていたのか。確かに、剣術も基本を飛ばしてしまうと大惨事になる。そういう事だろう。
ロスヴィータは心の中で頷いた。
「今回の魔法は基礎をすっ飛ばしたものだから、授業が再開したら、そっちに集中すること。この魔法が使えたからといって、さぼらないように」
「は……はいっ」
エルフリートへ向ける表情から普段通りのものに切り替えたマロリーが、三人に向けて声をかけると、三人はびくっと肩を震わせて答えるのだった。
2025.5.25 一部加筆修正




