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イアンから視線を離したエルフリートは、再びリースの様子を見た。彼は何か掴めそうなのか、口の端が笑んでいる。もう少ししたら声をかけられるだろう。
エルフリートは彼が顔を上げるのを、このまま待つ事にした。果たして、リースはすぐに顔を上げた。
「ボールドウィン副団長」
「なぁに?」
「慈しみの炎、果てなき光、燦々たる鳥にします!」
リースがそう言った瞬間、彼を中心にして光の輪が生まれた。それは炎のように揺らいでおり、リースの言葉をうまく表現している幻影だった。リースの脳内でイメージがしっかり固まったようだ。
それがエルフリートが時々やらかしてしまう花の幻影のように、声に乗って魔力が反応したのだろう。
「わぁ……! いい感じになりそうだね」
エルフリートの声にリースが目を開けば、もう魔法の名残は消えてしまっていた。リースは自分が何をしたのかいまいちよく分かっておらず、目をぱちくりとさせている。
無自覚な少年に、エルフリートは簡単な説明をした。
「魔法の幻影が自然発生、ですか。あれはボールドウィン副団長のような、魔力の多い方だけができるものかと思ってました」
「魔力が多い方がやりやすいのかもしれないね。でも、リースもできてたよ。イメージ力の強さも関係していると思うな」
リースはこれから化けるのかもしれない。エルフリートは先が楽しみだった。
それからのリースは順調だった。結果的にはイアンよりも早く、炎の鳥を生み出す事に成功した。イアンが悔しさを滲ませつつ、それでもリースの生み出した鳥を嬉しそうに見上げていた――リースの鳥は少し落ち着きがなくて剣に止まれなかったんだよね――のを見て、エルフリートは安心した。
一方メアリーはと言うと。こちらはエルフリートの想像を、かなり飛び越える結果を出してきた。
「たぶん、大丈夫です」
メアリーはすばらしい絵をエルフリートに見せて、自信満々と言った様子で笑顔を向けてきた。
彼女の描いた絵は、ちょっとした抽象画のようだった。青で塗りつぶされた背景は、きっと空をイメージしていて、その中にぽつんと――いや、堂々と存在する火花のようなものは鳥だろうか。
メアリーが考えてきていた呪文とは、ずいぶんと方向性が違う絵であるように、エルフリートの目に映った。
エルフリートが結界の中に改めて招き入れると、少女はその絵を目の前にかざして呪文を唱えた。
「あっ!?」
「ええっ!?」
絵の鳥が急に輝き、紙を燃やす。エルフリートがメアリーの両手首を掴んで紙から手を離させなければ、彼女は手をやけどしていたかもしれなかった。
描かれていた鳥は紙を燃やして自由になり、空間を優雅に飛んでいる。手品のような魔法だった。あれが、こんな美しい炎の鳥になるなんて、魔法みたい……あ、魔法だった。
「びっくりしたぁ……」
本人も驚いているし、一足先に練習に入っていた二人はぽかんとしている。うん。すごく分かるよ、その気持ち。
「とても素敵だったよ。今の感じで、もう一回できたりするかな?」
エルフリートが小さく拍手しながら聞けば、メアリーはこくりと頷き、再び呪文を唱える。だが、今度は何も起きなかった。
「……絵がないと、だめなのかな。でも、焼けちゃった……」
メアリーが己の両手を見つめて考え込んでいる。残念そう、というよりは、この力を自分のモノにしたいという意思を感じさせる。
下手に口を出すよりは、待った方が良い。エルフリートは直感でそう悟るのだった。
ぽかんとしていた二人は、我に返るなり自分の練習に戻る。数日でものにしなければならないプレッシャーからなのか、元々の集中力がすごいのか、ロスヴィータ達がとまり木代わりの棒を持ってくるまで練習は続いた。
「待たせた。少し時間がかかってしまった」
ロスヴィータが用意してくれたのは、立派な棒だった。エルフリートが望んだ通り炎に強い特別仕様の棒で、自立するようにできていた。
「立つんだ!?」
「安全第一で、用意してもらったのだ」
小さく笑むロスヴィータの両隣りでは、一緒に出かけていた二人がニコニコとしている。出かけ先で嬉しい事でもあったのだろうか。
ロスヴィータが二人の頭を軽く撫でる。うう、羨ましい……。
「鍛冶屋にこのとまり木を作ってもらっている間に、二人に合いそうな剣もついでに見繕ったのだよ」
「楽しそう!」
エルフリートは幸運な二人に、選んだ剣を見せてもらう。彼らは自慢げに新しい武器をエルフリートに見せてくれた。新品特有の持ち手の皮が初々しい。
「チェザレは少し小ぶりな長剣、リオーダンは騎士が使っているのと同じ長さの長剣だ」
チェザレとリオーダンね。覚えた。エルフリートはこっそり二人の名前を頭にメモする。自慢げに剣を見せる二人に笑みを向ければ、嬉しそうな笑顔が返ってきた。
「リオーダンは大剣を持ちたいと言っていたのだが、持たせてみてまだ早いと判断した。だから、騎士が使っているサイズにしたよ」
まずは体づくりから、だね。エルフリートは未来の騎士にエールを送るのだった。
2025.4.25 一部加筆修正




