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うーん、起こるべくして起きた事故ぉ……。エルフリートは遠い目をしてしまいそうになる。
「魔法の授業、ちゃんと受けてる?」
魔法の知識を増やしていれば、こんな意味の分からない思考にはならなかったはず。エルフリートは大惨事の経緯よりも、彼らの能力の把握を優先させた。
「一応……ただ、いまいちぴんとこないと言いますか」
「魔法って、まだ理論が確立されていないって言うか、色んなバリエーションがあるって言うか、個人の思考力に左右されるから、学ぶ意味があるのか分かりません」
「何となく、ふわっと使えちゃうから、難しい話をされても頭に入って来なくて」
三者三様の意見だったが、揃って魔法の授業の重要さを理解していなかった。魔法の授業の趣旨を理解していないから、重要だと思えなかったのかもしれない。
そう思い至ったエルフリートは、煤だらけの彼らに向けて魔法を使ったデモンストレーションをしてみることにした。
「賢き神よ、かの者の汚れを払え」
一番左側にいる少年には、エルフリートが得意とする普段から使っている魔法を。
「プリーレ」
彼の右隣にいる少女には、アイマルが得意とする単語に乗せる魔法を。
「浄化の光、慈しみの心、元の姿へ」
目の前にいる青年にはこの国で普及している一般的な魔法を。
「とにかく綺麗になって!」
更に右側にいる少年には誰でも使える気合いによる魔法を。
「えいやっ」
右端の青年には、言葉に意味を持たせない状態で魔法を使った。
程度の違いはあれど、彼らの煤汚れは拭われ、かなり綺麗になった。自分たちがそれぞれ同種の魔法を別の呪文やそれに準ずる言葉で「洗浄」してもらったのだと気付き、互いを見比べて不思議そうにしている。
「魔法がどんなものなのか分かれば、不慣れな呪文とかでも魔法は使えるよ。こんな感じにね。みんなが独自に呪文を考えるのは、自分の魔法精度を高める為なんだ。
全く体系がないわけじゃないんだよ。自由奔放に使っているからじゃない。自由度が高いから“できる一部の人間”がより工夫をして、結果的にバラバラに見えるだけなの」
エルフリートが説明をしている内に、五人の目の色が変わった気がした。良い傾向かな。
「騎士の中でも私みたいに魔法が使える人間は、この“できる一部の人間”に限りなく近い存在、もしくはその存在にならないといけない。私たちは魔法に使われちゃだめなんだ。使う側にならないとね。
これは、本当に死活問題だから覚えておいて」
五人はそれぞれ顔を見合わせ、それからエルフリートに向き直る。その表情は不安げに揺れていた。
「ちょっと話がずれちゃったね。とにかく、魔法が一般的にどんな風に考えられているのか、そういうことを知っていくと自分の中の魔法に対する理解が深まるから、自然と精度が底上げされるんだ。
あと、こういうアイディアが安全か危険か判断つくようになる」
エルフリートは全員に笑いかける。説教臭くはしたくないが、下手すると人命に関わる問題だ。今回の件で学び、成長してほしい。
「じゃ、前置きはこの程度にしておいて。今回君たちが考えて失敗した課題について、ちょっと解説していこうか」
見た目は派手だけど、攻撃力は可愛い炎を生み出す。だが、幻影は使わない。この課題は難易度が高い。
そもそも彼らが行うには厳しい内容だ。というのも、炎だけでなく、他のものもそうだが見える事象と起きる事象はほぼイコールであるからだ。
爆発物のように、そうは見えなくとも攻撃力が高い。これは案外魔法でも簡単にできるのだが、その逆は難しい。魔法で何かを生み出す時、それは必ずこの世界の事象にほとんど当てはめられるようにして発現するからだった。
つまり、現状では不可能な課題であると言っても過言ではない。
「企画書に書いてあったのは、こんなに難易度高くなかったよね。もうちょっと企画書の内容に近付けようか」
「は、はい」
今回の企画書は、本当の意味では企画書とは言えないようなものもあった。それが一番最初に確認したプラネタリウム風の部屋と、この部屋に至るまでに覗いたいくつかの部屋、そしてこの部屋だった。
企画書を選び抜き、そこに的を絞っていくという考えは良かったのだが、企画の数が足りなかった。そこで、企画書として見るには大ざっぱすぎるが“他のものよりはマシ”というものも選ぶしかなかったのである。
ちゃんとした企画書が作れない時点で不安はあったものの、彼らは騎士になりたいと考えている人間なのだから、目的の為にならば多少はがんばるだろう。そんな甘い考えを持っていた。
事実、彼らなりになんとかしようとがんばったようだが……。
「見た目が派手なものって何かなぁ。思いついたら教えてくれる?」
見た目が目立つものはいくつかある。思い浮かびやすいものなら花火。だが、これは幻影魔法でも簡単に生み出せる。エルフリートは、だからこそ、魔法で生み出した炎で再現したら面白いだろうと思っている。
他にもいくつかあるが、彼らは一体何を思い浮かべるのだろうか。
2025.3.28 一部加筆修正




