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アルフレッドとカールス関係のやっかいな件を一瞬忘れられそうだった。最初に覗いた部屋での良い出来事を筆頭に、他の部屋を確認する度に想像よりも良い結果が出ていてエルフリートとロスヴィータはほっとしていた。
だが、すべてが順調に動いているという事はありえない。問題のある部屋は、あった。
「わぁ……大変だぁ」
エルフリートは大きな目を瞬きさせた。ロスヴィータの方は、言葉が出てこない。これはひどい。エルフリートはどうしたものか、と考える。
部屋の扉を開けた瞬間に炎が襲いかかってきた。エルフリートは反射的に魔力を練り上げただけの結界を作って相殺した。エルフリートのような判断ができなければ、今頃黒こげになっていただろう。
消耗が激しいから、滅多にやりたくなかったのに。エルフリートは何となくだるさを覚えながら溜息を吐いた。
「ここは、炎を使った魔法関係の企画だった気がしたんだけど」
「ボールドウィン副団長!」
「そういう危険な魔法を使うのであれば、建物の外でやってほしいな」
火事にでもなったら大変だ。エルフリートは言外にそう伝える。
相手は騎士の卵。とはいえ、エルフリートよりも年齢の高い人間も混じっている。エルフリートの言葉が分からぬ者はいなかった。
「いえ、室内でできる規模のはずなんですが、我々の能力が足りず……」
「彼女ではなく、私のように魔法が使えない人間が今の場面に遭遇していたらどうなる」
「あっ、マディソン団長!?」
エルフリートに半分隠れるように立っていた彼女が言葉を発すると、周囲の空気ががらりと変わる。
「正直に教えてほしい」
一歩前に出たロスヴィータが室内にいる面々を見渡した。エルフリートは茶化さずにその様子を見守った。この応接室は全体的に煤臭い。五人で構成されるチームのメンバー全員が薄汚れていた。
煤が出るのはろうそくなんだけど、何で煤? 魔法で煤が……出るの? エルフリートは納得のいかない気持ちを抱きながら彼らの返事を待つ。
「これにはわけが……」
「それを聞いている。私は危険な活動を、監督なしで許可する気はない。まずは状況を公平に判断したい」
ロスヴィータの穏やかな横顔から、彼女が先ほどの事に対して怒りを抱いていないと分かる。
「あなたたちは、いずれ騎士となり、人を守るべき立場となるんだ。誰かを己の短慮で傷つけておいて、それができると思うか?」
口を開こうとしていた一人が口をつぐむ。短い沈黙が流れた。ロスヴィータが言っている事は正しい。彼らが軽い気持ちで大きな失敗を起こしてしまえば、それは消えない傷となって一生彼らに影を落とす――事になるかもしれない。
「――とまあ、厳しい事を言いたくはないんだ。だから、どうしてこうなったのか、順を追って説明してほしい」
ロスヴィータは肩をすくめつつ、朗らかに言った。
「すまない、どきりとさせてしまったな。だが、騎士になるという事は、そういう事なんだ。
命を預かり、守る者としての責任感を、ここにいる間に育ててほしくてな。ところで、誰かこの状況を解説してくれる人はいるか?」
一瞬の内に緊張感のある空気を自ら破壊したロスヴィータが手を挙げると、おずおずと一本の手が挙がった。つい先ほど口を開こうとしてつぐんだ女性の隣にいる男性であった。
ちょうどエルフリートと同じくらいの年齢だろうか。彼は、決意を固めたように一呼吸して説明を始めた。
最初は、炎の魔法をより効果的に、視覚的に効果が強く見えそうなものを研究し、見た目の割に効果が全くないというものを作りだそうとしていたらしい。
企画書に書いてあったのを覚えていた。そんな話だったのが、こんな風になるなんて出力する人が駄目なんじゃないかな。
「見た目が大きい炎で、威力は小さく。これがかなり難しいものだと分かったんです。それで、俺たちは工夫する事にしました」
「工夫か」
「はい。炎の魔法だけにしたかったから、どうしても幻影魔法は使いたくなかったので、本物の炎を種にしてみようという話になったんです」
えっ。どういう事? エルフリートは、ロスヴィータの隣で固まったまま、その先を待った。
「まず、ろうそくに火を灯して、それを魔法で大きくしたんです」
エルフリートは、その工夫についての知識を己の中から引き出そうとしたが、全く見つからなかった。発想が自由すぎる。
「どうしてそんな事を?」
たまらず口を挟んだエルフリートに、彼は変な顔一つせずにさらりと言った。
「一番穏やかな炎って、ろうそくだと思ったんですよ。だから、それを種にすれば威力も良い感じになるかなって」
エルフリートは首を傾げた。そんな理論みたいなのってあるっけ……? 私が知らないだけ?
「それって、どういう感じ……? ちょっとよく分かんないんだけど」
エルフリートが更に詳しく聞き出そうとすると、彼は困ったように視線を泳がせる。そこでエルフリートは理解した。思いつきだけでこれをやろうとしたのだという事を。
「えっとね、質問。魔法……自己流の人」
エルフリートがロスヴィータをまねて手を挙げてみせると、三本の手が挙がった。
「魔法使えない人ー」
残りの二人が手を挙げた。なるほど。魔法についての知識が乏しいからこそ、こんな事になったのだ。知識がないからこそ、自由な思考で挑戦したのだろう。
エルフリートはようやくこの事案の発生原因を理解したのだった。
2024.8.10 誤字修正
2025.2.11 一部加筆修正




