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エルフリートの目に光が届く。それは見逃してしまいそうなほど、小さな変化だった。光を感じたものの、まだ周囲はほとんど見えない。
「それでは、天井をご覧ください」
「……あっ!」
「おぉ……」
天井がドーム状に加工されているらしく、そこには見事な星空が浮かんでいた。
「すごいな……」
「幻影魔法のように光を使っています。安定して使えるように魔法具にしているので、暗室とドーム状の天井という条件さえ満たせばどこでも星空を見る事ができます!」
「ドーム状じゃなくても、一応できます」
「でも歪んでしまうだろ」
「だから一応ってつけたんだろが」
感嘆の声を出すロスヴィータに、晴れやかな声で説明が入る。が、訂正も入る。和気藹々の様子が微笑ましい。どうやら仲良くやれているようだ。
最初に提出してもらった企画書の山を見た時には想像できなかった光景だ。彼らは気が向かないながらも、協力して一つの目標へ向かう事で仲が深まったのだろう。
それにしても綺麗だなぁ。ちゃんと、星空が再現できているところも評価が高い。いつでもこうして星空を再現できるのならば、どちらが北で南なのか、サバイバル時に大切な勉強も簡単にできるようになるだろう。
「どんな環境でも暗ければ綺麗に見える。そこまでいけると良いな」
「マディソン団長、これだけだと思わないでくださいよ!」
「む……? それは失礼した」
彼女が首を傾げる気配がした。これだけで終わらないって、どういうことだろうねぇ。エルフリートも予想がつかず、わくわくしていた。
「これだけでは、インパクトがないではありませんか。光魔法の披露と言うにはお粗末すぎるでしょう」
「お粗末、とは思わないけどぉ……綺麗だし」
「ボールドウィン副団長、始めますので」
「あ、うん」
なんだか本当に人が変わったみたいだなぁ。エルフリートとロスヴィータはほとんど互いの状態が分からないまま、顔を見合わせた。
「さぁ、カルケレニクス領の名物! 暗黒期が明ける瞬間です!」
一人が声高に宣言すると、それを合図に光が射し込んだ。エルフリートのいる側が徐々に明らみ、ぼんやりと太陽の姿が現れる。太陽の光を受け、闇夜は逃げるように溶けていく。白い光に負ける闇夜が生み出した光のグラデーションが美しい。
この色が現れる瞬間は、まさにエルフリートの知る景色そのものであった。
「わぁ……」
オーロラのような不思議なグラデーションは徐々に薄まり、普通の朝焼けの風景に変わっていく。カルケレニクス領でしか見られない珍しい様子が緻密に再現されていた。
「圧巻、だな」
「うん……すごい」
星が浮かんでいるのが見える時点では、あまり期待していなかった。カルケレニクスの暗黒期は星すら見えない真っ暗闇だからである。
だが、この暗黒期が明ける姿の再現は、本物と見間違うばかりのクオリティだった。
「これ、どうやって知ったの?」
エルフリートは明るさを取り戻した室内で、こだわりのありそうな発言をしていた主に声をかけた。えっと、確か名前は……ごめん、覚えてないや。
「カルケレニクス領でつくられたおとぎ話の絵本を忠実に再現してみたまでです。本当は星一つない夜空だそうですね。絵本もそうなっていました。ですが我々はここに訪れた人全員を驚かせたい。
だから、ただの天体ショーだと勘違いするよう仕向ける為、最初は星空にしています」
「確かに最初はそれだけだと思っていたな」
ロスヴィータが頷いてみせれば、彼らはほっとしたように表情をゆるませる。思った通りに人が反応すると嬉しいよねぇ。
「絵本を忠実にって言うけど簡単じゃなかったでしょう? すごいね!」
エルフリートの本心だった。
絵本を再現すれば、必ず現実に近付くとは限らない。むしろ、デフォルメされた絵から情報を読むことになるのだから、絵本の表現がどこまで本物で、どこから偽物なのかを決めるところからはじめなければならない。
そう簡単にできることではなかった。
「技術もすごいけど、このアイディアは誰が考えたの?」
エルフリートの問いに、おずおずと数人が手を挙げた。合作だったんだ! すごい!
「絵本を使おうと言ったのは私です」
「みんなにびっくりしてもらう為に仕込もうって言ったのは俺です」
「色味のニュアンスとかを調整監督したのは私です」
それぞれの提案を、全員が受け入れ、協力しあう事ができたという事か。本当に、最初の頃の個人ごとに企画を書き上げてきた時とは違っている。ここまで協力しあえるとは意外だったエルフリートは目を瞬かせた。
環境を整えるだけでも成長できるものなんだなぁ。もちろん、通常の授業で学んだことが大きいのだろう。しかし人間関係の構築は授業の題材にはならない。
その部分を今回の発表会で土壌が作れていたかもしれないというのは、想定外に良い出来事であった。
2025.2.6 一部加筆修正




