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ロスヴィータは、エルフリートの視線に彼自身が状況を理解していないのだと分かり、ヘンドリクスとケリーに視線を戻して姿勢を正した。
「その件ですが、私はいっさい知りません。むしろ、今初めて知らされたばかりで何がなんだか……」
「だろうな」
「は?」
ロスヴィータが顔をこわばらせながら答えると、ヘンドリクスが苦笑する。
「勘違いさせたか、悪かったな。何か話を聞いていればと思ったんだが」
「いえ」
「見かけたことは?」
「あれば、この前お会いした時にこっそり伝えています」
ロスヴィータは短い溜息と共に言葉を吐き出した。疑われているかのような言葉かけをされれば、誰だって良い気はしない。ましてや王族の盗難関係である。彼女の反応はもっともだ。
「魔法具など、使用できる人間が限られているものについては、王族内でもどこまで情報が共有されているか怪しい状態です。少なくとも私はこの魔法具について話を聞いていないが、王族ならば誰でもそれを見る機会はあった……という事です」
「――もう少し、管理体制を見直した方が良いだろうな」
「それは我々が提案する事であって、本件とは関係ないよ。だから彼女たちを威嚇しないの」
ヘンドリクスが小さく唸るさまをケリーがたしなめる。
「別に、威嚇などしていない」
「そうかい? 彼女たちは良い顔をしていないけれど」
「む……それは、悪かった」
今日のヘンドリクスは調子が悪そうだなぁ。エルフリートはそんな失礼な感想を頭の中に浮かべた。
「とりあえず、君たちが盗難の案件とは無関係であることはちゃんと理解したから安心してくれ」
「はい」
なんだかよく分からない事になった。呼び出された時に感じていた不安は全く意味がなかった。良かったと思えばいいのだろうか。
「この件だけですか?」
ロスヴィータが珍しく苛ついた様子で口を開いた。
数日もしない内に発表会が控えている。あちらの準備でてんてこ舞いになっているロスヴィータからすれば、よく分からない話を聞き続ける事ほどじれったい事はないのかもしれない。
「いや。そうだともいえるし、そうではないとも言える状況だ」
「ちょっとよく分かんないです」
エルフリートもきっぱりとつっこみを入れた。
ヘンドリクスが眉をひそめる。自業自得のくせにそんな顔をしたって駄目だと思うよぉ。
「この耳飾り、あともう一つあるはずなんだ」
「それを探し出してほしい」
「それは……急ぎですね」
ケリーの言葉に、ヘンドリクスが硬い口調でつけ足した。考えてた方向じゃなくて良かったような気がしたけど、これじゃあ全然良くないよ!
「私たちが発表会の準備をしている内に、ルッカに対になる魔法具を探すような魔法具を作ってもらっても良いですか?」
両方同時に進行するのは無理だ。かと言って、ここまできてから誰かに引き継ぐのも大変難しい。そうなれば、タイムロスがあっても確実に結果を引き寄せる事のできるようにするべきだろう。
エルフリートの提案にヘンドリクスとケリーの両方が頷いた。よし、これで片方に集中できる。
「早速、ルッカに依頼します。では、もう片方が見つかり次第また改めて報告します」
「……時間をとらせて悪かった」
執務室の扉を閉じる瞬間、ヘンドリクスの声がするりとこちらに割り込んできた。素直じゃないのか、なんなのか、ねー。
執務室を離れ、旧アルフレッド邸へ向かう。発表会も目前という事もあり、だいぶにぎやかな様相である。町の喧噪顔負けだった。いくつもある応接室は、部屋ごとに決められた課題に沿った内装に変えられている。中にあった家具類は使わない応接室へすべて移動するという徹底ぶりである。
体力作業であるが、騎士たるもの動けなくては意味がない。訓練の一つであった。
「どうだ、進んでいるか?」
ロスヴィータが顔を覗かせた部屋は、やたら暗かった。確か、光系の魔法をまとめさせていたはずだったよねぇ。エルフリートはロスヴィータの後ろをぴょんと飛び跳ねながら中を見る。
光のある方向から中を見ているせいで、全く見えない。じいっと中を確認するように見つめていると、中から声がかかる。
「ちょっとすみません! 中に入って扉閉めてください」
「すまない」
ロスヴィータと共にエルフリートは慌てて滑り込んだ。企画書には、こんな内容になるって書いてなかったと思うんだけど。しかし、この完全な暗闇に近い室内は、エルフリートにとって懐かしい光景であった。
「……カルケレニクスみたい」
「あっ、ボールドウィン副団長がいらっしゃる!?」
ざわざわと揺らぐ空気に、エルフリートはなんだか落ち着かない気分になる。
「カルケレニクス領の暗黒期はこんな感じですか?」
「明かりがないとこんな感じだよぉ」
「やったぁ!」
何が「やったぁ!」なのか全く分からない。エルフリートはロスヴィータの気配がする隣を見た。が、何も見えなかった。
「今からリハーサルして良いですか?」
「構わないよ」
ロスヴィータの穏やかな声に、この部屋で作業しているはずの全員から歓声が上がった。え、テンション高くない? こんなに熱中するような子たちだったっけ。エルフリートはどきどきしながら、何かが起きるのを待った。
2025.1.29 一部加筆修正




