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 突然の事に動揺しているカトレアへ、ロスヴィータは語りかける。


「こちら側の不手際はすでに明らかだ。しかし、これ以上言えば、ただの悪口になってしまうよ」

「わ、わた、わたし……」

「これは決して、怠慢が引き起こしたものではないのだから。人が成長する機会を奪ってはいけない。良き人間は、他者がより良き人間になる手伝いができる人間だ。

 カトレア嬢、あなたが良き人間だと私は信じている」


 その動揺具合から、ロスヴィータはカトレアが他者から咎められたり諭されたりする事が少ないのかもしれないという可能性に気がついた。

 彼女が自己中心的な言動で他者を振り回す場面ばかり見ているせいで、いつも身内から苦言を呈されている印象が強い。しかし、考えてみればよくできている。

 身内が真っ先に彼女を攻撃すれば、自然と他者はそれを見守る方へ回る。何も子供にそこまで言わなくても、という雰囲気まで生まれる事もある。

 身内が糾弾する事によって、強制的に他者を排除する。そのようにしてカトレアは家族に守られていたのだろう。


「それとカトレア嬢、あなたが乗っている相手は悪い人間だ。危険だから離れた方が良い」


 ロスヴィータがくすりと笑い、そのままカトレアの手を取る。

「さあ、こちらへ」


 一応聞く耳は持っているらしい。まあ、そうじゃないと困るんだけど。


「レディに危ない事をさせ続けるのは、私の本意ではないんだ」


 カトレアが手を引かれるままに、そろりとロスヴィータの方へ体を傾けた時。おとなしくしていた侵入者が動いた。

 チャンスがくるのをじっと待っていたのだろうか。

 警備員をほぼ一撃で倒した手練れが、一劇団員の手で簡単に拘束された事を不思議に思っておくべきだったのかもしれない。


「賢神の鎖よ罪人を捕らえよ!」


 ロスヴィータは瞬時にカトレアを強く引き寄せ抱え込む。エルフリートは叫びながら侵入者とロスヴィータの間に滑り込んだ。

 武器を隠し持っていたのか、武器を奪わずに放置していたのかは分からないが、侵入者は短剣を振り上げてきた。

 エルフリートはその短剣を素手で正面から迎え撃つ。彼の手が短剣の接触する直前、魔法の鎖が完成した。


「くっ」

 短剣と素手の間に鎖が割り込む。エルフリートは器用に鎖を彼の手首に巻き付け、武器を落とさせる。そのままくるりと背後をとらえ、鎖を胴体にも巻き付けた。


 魔法の鎖って、自由に操れるから便利。


 まだ自由な左腕を仕上げとばかりに捻り上げ、エルフリートは口を開いた。


「女性騎士団長と副団長は名ばかりじゃないんだからね!」

「甘く見られたわけではないと、思いたいがな」


 数秒の内に制圧し直した。一対一なら、簡単に負ける気はしない。それだけエルフリートは鍛えてきた自負があった。


「良いチームワークじゃない」


 カトレアがロスヴィータの腕の中で顔を赤くしながらぽつりと呟く。


「助けてくれて、ありがとう」

「当然の事をしたまでだ」


 カトレアがどさくさに紛れてロスヴィータに擦り寄るのが見える。私は何も見てないもん。そういう空気は消しちゃうけど。


「コートが無駄にならなくて良かったぁー。今度は私の尻に敷いてあげるね」

「フリーデ、ここは誰も怪我をしなくて良かった、だ」

「えへへ」


 エルフリートの空気を読まない発言に、ロスヴィータは苦笑する。ふざけているのがばればれだと言わんばかりである。エルフリートは侵入者を尻に敷く事はなく、そのまま立ち上がらせる。

 このまま応援が来るのを待つより連行してしまった方が効率的だし、早くここから出ていきたい。


「目的とか、そういうのはゆっくりお話ししてね」

「とりあえず、この者は我々が連れていこう。後日、シップリー殿とカトレア嬢には話を伺う事になるだろうが、その時は協力していただけるとありがたい」

「ロスヴィータ様の為なら何でも協力するわ!」


 この熱狂的なファンぶりはどこからきているのだろうか。エルフリートは不思議な気持ちになると同時に、自分もその熱狂的なファンの一種であった事を思い出して納得する。

 ロスヴィータが魅力的なのだから当然の事だった、と。でも、そろそろロスヴィータから離れてほしいところである。


「ありがとう。レディ。では失礼するよ。公演、最後までがんばって」

「はぁい!」

「またね、二人とも。じゃあ、行こうねぇー」


 身動きがとれずに悔しがる男を引きずりながらロスヴィータの後に続く。おとなしく歩いてくれれば良いのに、未だに反抗的な態度をとってくる。


「諦めなよ」

「ふん」


 生意気だなぁ。覆面を取ってしまえばそんな気も起きなくなるかな。エルフリートは一瞬考えたが、やめた。覆面は保険である。

 顔が分かった瞬間、誰なのかが分かった瞬間、世界が変わってしまう。不特定多数の人間に顔を晒し、無意味な火種を作る必要はない。

 顔を拝むのは牢へ入れてからだ。


「すべての権利を捨てさせる事は簡単なんだよ?」

「あ?」

「自分の意志で動くか、私の操り人形になるか、選ばせてあげる」


 引きずって連行しても良いが、人の目がある。できれば目立つような振る舞いはしたくない。この件が話題に上がるのは、彼から情報をすべて引き出してからが良い。

2024.12.24 一部加筆修正

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