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「――さて、カールスとの出会いから順番に教えてもらおうか」
気まずい気持ちを抑え、ロスヴィータはシップリーを見つめた。安心させるように、なるべく無表情にならないように、そして笑顔になりすぎないように口角を調整する。
シップリーがカトレアを見れば、彼女は小さく頷いた。彼女の様子に安心したのか、彼は息を整えるかのように一呼吸してから口を開いた。
「俺がカールスと出会ったのは、あなたを優勝させる事ができなかった御前試合の直後だった。カトレア様の――もう、俺とカトレア様の関係は知っているんだろう?
カトレア様の希望を叶えられなかった俺は、酒場で一人酒を呷っていた。その時に、彼が現れたんだ」
今までよりも少し砕けた口調なのは、己の正体が割れたからだろう。
「俺は、その時は裏のある男だと思わなかった。何度か酒を酌み交わす内に少し親しくなっていった感じだったし、何も違和感を覚えなかった」
当時のアルフレッドは、隣国との戦争を画策していた頃だろうか。彼が大罪を犯す反逆者となる前から、カールスは何かを企んでいたという事か。
もしかしたらアルフレッドが捕縛される可能性を見越して、どんな形であれ彼を救出する為の準備をしていたのかもしれない。
「あなた方の活躍などについても話題が出る事もあった。応援している、同じ方向を向いていると思わせたかったんだろう。
……それで、今回の案を持ち込まれた時、信用してしまったんだ」
「なるほど。カールスは入念な準備をしていたのだな」
ロスヴィータがそう納得の声を出すと、彼は絞り出すように「俺が間違っていた」と呟いた。カトレアがデスクの上で握られた拳にそっと手を添える。
シップリーを労るような少女に向け、彼は苦笑を返す。シップリーはカトレアの為にならば、何でもする気だったのだろう。ロスヴィータに視線を戻した彼は、すっきりとした顔に変わっていた。
「ジェレマイアを紹介され、彼に依頼をするところまでは順調だった。そこから先は、ほとんどそちらが知っている通りだ」
「あなたがカールス襲われた夜の話を聞いても?」
「もちろんだ」
差し出した飲み物で喉を潤したシップリーは、その日の話をし始めた。
シップリーは、酒場でいつもどおり酒を呷っていた。おおむね予定通りに計画が進んでいたが、ロスヴィータたちがジェレマイアの背後を調べ始めていると分かり、不安になっていたのだ。
酒に逃げるのは愚かな人間がする事だと分かっていても、それに頼るようになってしまうと、抜け出せなくなってしまうものだ。シップリーはアルコールで思考を濁らせる事で、不安を誤魔化していた。
「あまり良い飲み方ではないな」
「カールス」
カールスはシップリーが飲んだくれていると、ふらっと突然現れる。今夜もいつもと同じように現れた。
「裏があるのではないかと疑い始めているぞ」
誰が、とは言わなくても伝わる。カールスは軽く頷いてみせた。カウンター席に座っているシップリーの隣に腰掛けた彼は、酒を注文するなり変な提案を持ちかけてきた。
「俺がお前の身代わりをしてやろう」
「どういうことだ」
シップリーが問えば、彼は分かりやすく教えてくれた。
「お前は魔法が使えないだろうが、俺は使える。お前の姿でお嬢さんの隣に立ち、疑いを晴らしてきてやろうっていう話だ」
シップリーのふりをしてロスヴィータたちと会話をする事で、どうして疑いを晴らせるのだろうか。シップリーには全く想像がつかなかった。
「なぁに、簡単だ。繋がる線をちょんぎるだけさ」
手でハサミを表現し、にやりと笑うカールスは不気味だった。
ジェレマイアとシップリーたちを繋ぐ線を切る事は容易ではないはずだ。ジェレマイアの仕事っぷりを聞く限り、彼がシップリーとの線について話す事はない。だから、ジェレマイアを始末するのは無駄である。むしろ、そうする事によってやぶ蛇となる可能性が高い。
では、何を切るのか。嫌な予感がする。シップリーは彼の提案に対して簡単に首を縦に振るのはまずい気がし、彼をじっと見つめ返した。
それでカールスの考えている事が分かるわけではない。だが、もう少し情報が手に入るかもしれない。
「納得いかないのか」
「情報が少なすぎて、メリットとリスクが読めない」
カールスに酒がサーブされる。彼は小麦色のそれをくいっと一口で飲み干した。
「そう難しい話じゃない。彼らが喜びそうな情報を与えようってだけだ」
「……」
切る、と言っていたくせに、今度は別の線を繋ぐと言っている。
確かに、切るだけでは女性騎士団は諦めないかもしれない。だから、別の結論を誘導させてしまおうという事だとは何となく分かる。
しかし、それはもっと早い段階でできたのではないだろうか。たとえば、ジェレマイアに、別の存在へ誘導させるような内容を言うように指示しておく、とか。
ここまできてようやく、シップリーはカールスの事を信用ならない存在だと認識したのだった。
「俺とカトレアは降りる」
「は?」
「これからは、お前のシナリオに乗らず、自分たちだけで何とかする」
シップリーはそうカールスへ言い放つと立ち上がった。逃げるようで気分は良くないが、これ以上カールスといるのも良くないとシップリーの勘が告げている。このままでは、恐ろしいところまで引きずり込まれてしまいそうだ。
余計な事を言って騒ぎになるのも嫌だし、少しでも早くカールスとの関係を切りたかった。
2025.1.22 一部加筆修正




