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ロスヴィータが感心していると、エルフリートは更に驚く事を教えてくれる。
「あとね、外部からの干渉も受け付けなくなるの。魔石に式が書き込まれていなかったから、留め具に式が刻んであって別の魔法具に反応するタイプかなって思ったんだー」
式が浮かび上がらないからどうなっているのか、と思っていたが。そういう事だったのか。
「この箱はね、物が入った状態で蓋を閉めると開かなくなるんだよ。開封するには、特別な方法を使わないといけないの。ね、安全でしょう?」
「すごいな……」
純粋な感嘆の声に、エルフリートは嬉しそうに笑った。
「そんなすげぇもんがあるなら、さっさと出せば良かったんじゃねぇの」
「それがねぇ、出来立てのほやほやなんだよぉー」
ブライスの茶々は、ふりふりと振られた箱によって霧散した。箱の中から、かたんと耳飾りのぶつかる音がする。無効化されているとはいえ、ひやりとした。
「ルッカがね、いずれ全部の耳飾りが集まる瞬間がくるだろうからって作ってくれたんだ」
「さすがだな」
ロスヴィータがエルフリートを褒めていると、ブライスが割り込んだ。
「さっきのやりとり、耳飾りの確保が目的か」
「うん。カールスが不信感を抱かずに耳飾りを手放してくれれば、どんな内容だって良かったんだよねぇ」
そう言って笑う彼を、ロスヴィータは純粋にすごい人間だと思う。
「カールスの計画が死んでいないって、そう思わせられたらこっちの勝ちかなって思ってたの。魔法具が動けば勝てると思っているかどうかは未知数だったけど」
エルフリートはのんびりと語ってくれた。
「カールスね、結構自信家みたいだったから、突拍子もない事を企んでいるのかなって思ったの。それで、私も突拍子もない事を言って混乱させてみようとしたのね。
そうしたら、思った方向と違う感じになっちゃった」
考えていた方向とは、彼を混乱させたまま、うやむやの内に耳飾りを手に入れようというシナリオだろうか。本当にカールスが何を目論んでいるかは別として、アルフレッド暗殺未遂というエルフリートの推理は彼を満足させた。
結果、防げるならばやってみろと挑戦状をたたきつけるかのように、エルフリートの求めるがままに耳飾りを渡してきたのだ。
「しかし、これは結構な賭けだぜ」
「そう?」
「そろった途端にどかん、っていう魔法具だったらどうすんだ」
ロスヴィータもその事を疑っていた。殺傷力があった場合の想定威力を聞いていたからである。そして、耳飾りの共鳴距離が分かっていないという不安要素もある。
ブライスが賭けだと言うのも頷ける。
「でもさぁ、彼。自爆するような人じゃないよね。そう思わない?」
「確かに、あの男は高みの見物をするような人間だと思うけどよ……」
「それで、私、こう思ったの。この場にシップリーが耳飾りを持ち込んだ程度じゃ、爆発しないんじゃないかなって」
「……はぁ?」
焦らないで、というように振り返って笑う。エルフリートが歩みを止めたから、全員がそれに倣う。
「例えばだけど……四つ集まったらドカン。最初に手に入れた耳飾りを持つルッカがいるのは、三つが同じ場所で爆発した場合の被害範囲にぎりぎり入る位置。
カールスはそれを待つだけ」
エルフリートの言う事が、非常に恐ろしかった。
「カールスがアルフレッドの執事だから、アルフレッドのところに、話を聞きに行くかもしれない。その流れだったら、耳飾りについても聞きたいってなって、持って行くでしょ?」
「つまり、捕まる事までカールスの計画通りって事かよ」
ブライスがげぇっと吐き出す仕草をしたのがおもしろく、笑っている場合ではないが、ロスヴィータはくすりとしてしまった。
「とりあえず、小箱はもう一つあるから、シップリーからも耳飾りを預かって、一つずつ解読していくのが良いんじゃないかな。その間、ちょっと時間稼ぎがしてもらえると嬉しいな」
「フリーデは耳飾りを預かり次第、すぐにルッカのもとへ行ってくれ。シップリーの事情聴取は我々がしよう」
ロスヴィータがそう言えば、エルフリートは「任せておいて!」と元気よく答えた。
「シップリー、怪我をしたそうだな。早速で悪いが、耳飾りを預からせてもら――両耳ともついているな」
部屋に入るなりそう言い放ったロスヴィータは、有無を言わせずシップリーから耳飾りを受け取ろうとし、目をしばたかせる。
「耳飾り、片方紛失していたり……は、ないのか?」
「いや。耳飾りをなくしたことはないな」
ロスヴィータは彼の両耳に揃っているそれを見つめ……気を取り直して手を出した。シップリーは眉根を寄せる。
突然耳飾りを寄越せと言われれば、そんな顔にもなるだろう。
「状況が分からず不満はあるだろうが、その耳飾りは危険物である可能性がある。預からせてくれるか」
「ただの耳飾りのはずだが……」
ロスヴィータの言葉に、シップリーはしぶしぶながらも耳飾りを外した。ロスヴィータは自分が追い剥ぎになったかのような嫌な気分になりながら、耳飾りを小箱へしまう。
「フリーデ、頼んだ」
「はぁい」
エルフリートへ小箱を渡せば、シップリーはカトレアの隣の席にやや乱暴な態度で座った。エルフリートはそんな彼へ向け「すべてが終わったら、お返しできると思う」と微妙な言葉を投げて退出する。
扉の閉まった室内は、何とも言い難い雰囲気だった。
2025.1.20 一部加筆修正




