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カールスはその小箱を一別すると、従順にもその小箱へ耳飾りをしまう。入ったのを見たエルフリートはぱたりと蓋を閉じる。
「私の耳飾りが、何をすると思っているんだか」
「すっごいことー」
エルフリートはにこにこと笑い、言葉を濁す。今までの会話からすると、暗殺未遂をする為の何かという事になる。やはり、爆発物だろうか。ロスヴィータはエルフリートの真意を測りかねていた。
先ほど、エルフリートは茶番だと言った。そしてそれは殺人計画ではなく、殺人未遂だとも。爆発物で人の生死をコントロールするのは難しい。なにより殺人未遂にするなら、ある程度対象に怪我をさせる覚悟が必要だ。
その覚悟をカールスがしたと言いたいのか。
「エルフリーデ嬢」
「なぁに?」
「最近は、やけに上機嫌ですね。初めてお会いした時とは別人のようだ」
暗に入れ替わりを疑っていると言われ、ロスヴィータはひやりとした。だが、エルフリートは笑ってやり過ごす。
「ふふ。だって、状況が全く違うもの。ねえ。自分の家族が危険な目に遭っている時、笑っていられる? にこやかに、普通にしているなんて、難しいわ」
そういう演技が必要ならするけどね。と付け足す彼は、さすがだった。
「それは確かに。一理ありますね。ですが、その話でいくと、私は家族も同然の主を酷い目に遭わせようとした最低な人間になってしまいます」
「でも、その通りでしょ?」
エルフリートはじっとカールスを見つめた。その目は、逃げる事を許さないとでも言うかのようだ。彼にしては珍しい。
何かを待っているのか。何かが起きるのを、だろうか。はたはたカールスの反応を待っているのだろうか。
――それとも、実はノープランで次の行動を考えている……?
「百歩譲って、私が最低な人間だという事にしましょう。この状況で、いったい私に何ができると?」
「今までの出来事で、あなたが私たちの動きをかなり読んでいたよね。だからね、この展開もカールスが想定していたものの一つなんじゃないかなって思ってるの」
なるほど。ロスヴィータは、エルフリートが何を待っているのか分かった気がした。彼は、この状況に変化が訪れるのを待っているのだ。変化としてふさわしいのは、シップリーの登場である。
彼がこの建物内に入ったとき、何かが起きる。そうエルフリートは睨んでいるのかもしれない。
「……つまり、私の計画はまだ動いている。そう言いたいのですか」
「そういう事」
エルフリートは危険な賭けをしている。
ロスヴィータの背に、冷たい汗が流れた。何かが起きるとしたら、シップリーが持ってくるかもしれない耳飾りが、小箱に入れた耳飾りと反応して魔法具が何らかの魔法を発動する――といったところだろうか。
あの耳飾りが全部揃わなくても、魔法を発動させる事ができるとしたら。大惨事となるかもしれない。そう考えるだけで、震えるような恐怖だ。
ロスヴィータはその時が訪れないよう、祈るだけしかできなかった。
「ははは、ばかげている! ずいぶんと私の事を高く買ってくれているようですが」
カールスが表情を崩した。彼のそんな反応は初めてかもしれない。
「高く買っておかないと、油断しちゃうじゃない。そんなんじゃ、騎士なんてやっていられないもん」
ぷく、と頬を膨らませてエルフリートが言った瞬間、扉が開いた。
「シップリーが来たぞ」
そう言いながら現れたのはロッソである。彼が来てしまったのか。ロスヴィータは爆発寸前の魔法具を抱きしめているかのような気分だった。
「私のお相手をしている時間は終わったという事かな?」
にやにやと態度を悪くしたカールスが、早くシップリーの元へ行けと顎で示す。それが、彼の策の一つであるように感じられ、ロスヴィータの中で不快感を増大させる。
他者の手のひらで転がされている感じが、どんどん悪い方向へ向かわされていくような不安感が、ロスヴィータを蝕んだ。
「早速会いに行こう!」
エルフリートは小箱を持って、我先にと扉へ向かう。ロスヴィータは恐ろしさを感じながらも彼を信じて立ち上がる。
「すまないが、一度退出させてもらう」
「どうぞ。いってらっしゃい」
カールスはひらひらと機嫌良く手を振った。
彼に見送られるのは気分があまり良いものではない。だが、仕方がない。ロスヴィータは彼に見送られつつ扉を出た。扉を閉じた途端、溜め息を吐き出す。
「フリーデ」
「なぁに?」
「……策は、あったのか」
ロスヴィータの端的な問いに、エルフリートは笑顔で答える。どうやら大丈夫らしい。彼のその笑顔だけで、先ほどから感じていた様々な負の感情が吹き飛んだ。
「この箱、魔法具なんだぁ。この中に入った魔法具を無効化させるの」
そんな技術があったのか。驚くと同時に、準備万端な彼に感心するのだった。
2025.1.19 一部加筆修正




