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カトレアはそれから、すらすらと余罪を吐きだしていく。どうやら彼女は、日常的にロスヴィータの周囲で何かしらを起こしていたようである。アルフレッド関連のものが大きかったから気にならなかっただけで、あれもこれも、とどんどん話が出てくると心当たりばかりになってしまった。
「それで、今回はそういったものと規模が違うようだが」
「あの男が私たちに提案してきたのよ」
なるほど、そういう事か。ロスヴィータはおぼろげではあるが、何となく状況を理解した。
「オリアーナ劇場での劇団の行動は、偶然か?」
「うん。あれは、たまたまなの。きっかけにはなったかもしれないけど」
カトレアはオリアーナ劇場の一件について語り始めた。
「私たちが所属している劇団ね、貴族に迎えられた人が多いの。孤児だったり、普通にそこら辺にいる平民だったり、生まれはいろいろなのよ」
確かに劇団員の半分は入れ替わりの貴族だった。
「ちょっとした悩みだとか、なじめない部分の解決方法だとか、いろいろお話するのね。そういう人と、そういう人をサポートしたい人で構成されているの。
それで、人数も増えてきて、知名度も上がってきて、ようやくあの劇場で公演できることになったのよ。そういう時に、シップリーが彼をつれてきたの」
アルフレッドの執事から話を聞けば分かるだろうが、おそらく彼はカトレアたちの行動を陰で見ていたに違いない。そして、チャンスだと思ったのだろう。
「女性騎士団の知名度を上げられる方法があるって。しかも、その方法をとれば、ロスヴィータ様とお近づきにもなれるって言われて……それで、彼の話に乗ったのよ」
二兎を追ったわけか。カトレアはちらちらとロスヴィータを見ながら、反応を確かめつつ話している。彼女が不安に思わないよう、ロスヴィータは小さく笑みを返した。
「ジェレマイアに依頼をしたのはシップリーよ。どんな依頼をするかについては聞いていたから、安心して襲われてあげたわ」
「ジェレマイアがオリアーナ劇場を襲撃した時、一緒にいたシップリーは本物か?」
「ええ、そうよ」
「では、シップリーは元々体術が得意なのか」
「だって彼は、私の護衛だもの。それに、襲撃の時のやりとりも依頼に入れていたから、シップリーもジェレマイアも予定通りに動いただけよ」
カトレアが少しだけ自慢げに口角を上げた。シップリーはカトレアにとって自慢の護衛なのだろう。心のよすがにもなっているのかもしれない。
「シップリーがね、ジェレマイアをくるってポイしたの。格好良かったわ。ロスヴィータ様ほどじゃないけど」
基準はそこなのか。カトレアの言い方が微笑ましく、ロスヴィータは思わず口元をゆがめた。
「……失礼。それで、ジェレマイアが捕まってから、二人の行動を教えてほしい」
「特に話すほどの事はないんだけど……えっと、そうねぇ」
考える様子を見せた少女は、すぐに顔を上げる。
「いつも通りに過ごしたわ。だって、私にはそれ以外にやることなんてなかったのだもの。彼と打ち合わせをしているらしいシップリーも待っていれば良いって言っていたから、その通りに過ごしたのよ。
そうしたら、時々ロスヴィータ様に呼ばれるようになって。で、シップリーが怪我しちゃって、あの男がシップリーなっちゃったの」
「カトレア嬢、シップリーが怪我をした時の話を頼めるか?」
唐突に話が飛んだ。慌ててロスヴィータが話を戻した。
「一緒にいなかったから、シップリーから聞いた話でも良い?」
彼女は小さく首を傾げながら、自分では正確な話ができないと答えてくれた。
「では、シップリーを呼ぶ事は可能か?」
「大丈夫だと思うわ。折れたのは腕だし……」
「頼む」
「使いを送っていただいてもいいかしら」
「喜んで」
そうしてシップリーが現れるまで、小休止となった。
彼の登場までに、とロスヴィータたちはカトレアを残し、執事のいる部屋に訪れる事にした。
扉を開ければ、意味深な笑みをたたえて深く腰掛けた執事が待っていた。堂々とした姿に、彼がとうとう開き直ったのだと察する。
「執事殿」
「私が名乗らなければ、あなた方は私の名を知らないまま……という事ですか?」
言葉遣いは慇懃だが、挑発的だ。今回のやりとりは短い時間になるだろうが、一瞬でも気が抜けないなと覚悟する。ロスヴィータは彼に己の緊張を悟られないよう、普段以上にエルフリートが好きそうな顔を作った。
いかにも、な王子様の笑顔は効果的なのだそうだ。女性が化粧をして武装するのと同様の効果があるのだと力説された事のあるロスヴィータは、練習通りの笑顔になっていると良いと思いながら男の目の前に腰掛けた。
「いいや、あなたの名前は知っているよ。カールス殿」
名前を明らかにされた彼は、片眉を上げた。
「一応、私はあなたの立場を尊重しただけだが……勘違いさせてしまったようで、失礼した」
「いえ。私に興味はないものかと。ずいぶんと放置されたものですから」
アルフレッドの執事だっただけある。あの時にはこんな人間だとは微塵も思わなかった。カールスという男が手強いであろう事は、今までからもじゅうぶん分かっているつもりであったが、改めてそう認識するのだった。
2025.1.18 一部加筆修正




