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だんまりを決め込む執事と落ち着きを取り戻したカトレア、それぞれを別の部屋に移動させたロスヴィータたちは、短い休憩を挟んでいた。
「……やっかいが、やっかいごとに巻き込まれ、よりやっかいな事になってたみてぇだな」
ブライスの言葉に、全員がため息を吐く。
ようやく分別のつき始めた年齢である少女に対してひどい言いようだが、ロスヴィータにはそれを否定し、窘める気力は残ってなかった。
「二つの思惑が組み合わさっていたのなら、読みにくいのも頷けるが……浅い思考の持ち主に行動力を授けると、こんな事になるのか」
「アイマル、感心してる場合じゃねぇぞ」
「それは失礼」
「私はそんな事より魔法具が気になるよぉー」
自由だな。ロスヴィータは彼らのやりとりに毒気が抜かれるようだった。
「魔法具、なぁ……どこかに仕掛け済みだったら、泣くぜ」
「怖い事を言わないでくれ」
「素直に魔法具見せてくれるかな。見せてくれると良いなぁ」
エルフリートたちののんきな口調が、より不穏さを感じさせる。
「とりあえず、正直ないい子になったカトレアから話を聞き出すのが先か。
何か、今の内に話しておきたい事はあるか?」
ロスヴィータの確認に、全員首を横に振った。
「むしろ、少しでも早く今回の件をはっきりさせたいくらいだ」
「……それは、そうだな。では、行くか」
早く知りたいのに、気が向かないのはどうしてだろうか。足が重たく感じるのは、ロスヴィータの気が向かないからだ。
ロスヴィータは複雑な気分でカトレアを待機させている部屋へ向かうのだった。
「ロスヴィータ様!」
少女のご機嫌は回復したようだ。ロスヴィータはこれからの事情聴取に前向きな態度のカトレアを見て、密かに胸をなで下ろす。カトレアはきちんと席に座り、何でも聞いてと言わんばかりににこにことしている。
機嫌の良い様子に不安を覚えなくもないが、きわめて穏やかな態度を心がけ、彼女に笑みを返した。
「カトレア嬢、最初から話を聞かせてもらったも良いかい?」
「最初、から……」
どこまで遡るつもりなのだろうか。悩むカトレアに、不安が湧いてくる。それはエルフリートも同じだったらしく、黙ってにこにこしていた彼の表情は困惑顔へと変わっていた。
「えっとねぇ、私がロスヴィータ様を応援する事に決めた時からね。あれは、爽やかな風が吹く記念セレモニーの時」
女性騎士団のお披露目会か。遠くなりつつある過去の記憶を掘り起こした。
「あの時のロスヴィータ様がとても素敵で、私、絶対に応援するって決めたのよ」
「……では、覚えている範囲で構わないから、全部教えてくれるかい?」
ロスヴィータの問いかけに、カトレアはこくりと頷いたのだった。
「――ロスヴィータ様が、自分で立ち上げた女性騎士団をしっかりとした組織とすべく奔走されていると聞いたから、私はそのお手伝いをしようと思ったの。
それで、女性騎士団が少しでも有名になるように、知名度アップ作戦をいくつか考えて実行してきたのよ」
そう話の口火を切った少女は、照れくさそうに笑んだ。気持ちはありがたいが、結果としてはありがたくない状況だ。だが、正直にそれを言うわけにはいかず、ロスヴィータは曖昧な笑みを返す事しかできなかった。
ロスヴィータのその顔を肯定的に捉えたらしいカトレアは、そのまま己のしでかした事を次々と教えてくれる。
「犯罪者の検挙率とかが上がれば、女性騎士団の手柄になれば良いなと思って、みなさんの勤務態勢を調べて、その時間に悪い人に暴れてもらった事もあるわ。
でも、普通のもめ事とかだと、普段のお仕事の範疇って感じになって、あんまり効果があるようには見えなかったの」
それはそうだろう。ロスヴィータは顔には出さずに頷いた。そもそも、女性騎士団は騎士団に包括されている一部署である。ただ、いずれは女性騎士団の中にも普通の騎士団と同様に第一女性騎士団、第二女性騎士団のように大きくしていきたいとは考えているが。
つまり、女性騎士団頑張ってるね、とはなっても女性騎士団の手柄というところまで大きな話にはなりにくいのである。
これが、騎士団同士で競っているような国では違ったかもしれない。だが、この国の騎士団は協力しあっている為、騎士の頑張りは全員の頑張りとして認識するのが常だった。
「だから、ロスヴィータ様個人の株を上げれば良いのだと気がついたのよ」
……これが、御前試合の騒ぎの動機という事だろうか。ロスヴィータは彼女のありあまる行動力に、何とも形容しがたい感心に近い気持ちを抱いた。
「御前試合はとても良い機会だと思ったのに……」
「御前試合では、どんな事をしようとしていたのか教えてくれるか?」
「時々爆発騒ぎを起こして、騎士がゆっくり休めないようにしたの。疲労がたまれば、試合に影響するでしょう? あと、脅迫状も用意したわ。考える事が多ければ、試合に集中できなくなるかなと思って。特に騎士団総長たちが一番の敵だと思ったから、念入りに脅迫状を用意したの」
やはり、そうなるのか。少女の余罪はまだまだ出てきそうである。頭痛復活の兆しを感じつつ、ロスヴィータは密かにため息を吐いた。
2025.1.17 一部加筆修正




