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果たして、エルフリートの放った魔法はシップリー本来の姿を明らかにした。
「な、あなたは!」
思わずロスヴィータは指さした。そこには、一度だけ見かけた顔があった。だが、エルフリートは記憶にないといった風に瞬きを数回した。
「……誰?」
カトレアはロスヴィータの隣で固まっている。驚いてはいるようだが、それはどこか悪い事がばれてしまった時の子供そのものだった。
エルフリートはそんな空気の中、一人だけ首を傾げている。
「え、二人ともこの人の事、知ってるの?」
「フリーデ、もう忘れたのかい。彼はアルフレッドの執事だよ」
エルフリートはロスヴィータと執事を交互に見て「あれっ!?」と叫んだ。執事の動きは早かった。
「あ、だめ。させないよっ!」
正体がばれたからには逃げの一手、とばかりに扉へ向かおうとした執事にエルフリートが手を伸ばす。ロスヴィータはとっさに扉の前へ出て剣を抜いた。
ロスヴィータの行動は、魔法と武術の両方を使う人間からすれば小さな抵抗でしかない。だが、それでも執事の動きを鈍らせるには十分だった。
「つっかまえた!」
エルフリートは執事の腕を掴むなり、軸足に力を入れて体をひねった。勢いを殺そうとしていたシップリーの方が体格は良いものの、エルフリートの全身を使った動きに耐えられるほどではない。
エルフリートに振り回された執事はデスクに激突した。
「はい。確保。よく分かんないけど、暴れたからとりあえず制圧したよ」
魔法の縄を生み出してしっかりと縛りつけながら、エルフリートは冗談のような言葉を放った。
エルフリートは、本当に彼の事を覚えていないようだ。それもそのはず、彼と顔を合わせたのは“本物のエルフリーデ”だったのだから。
「……フェーデが誘拐された時に、アルフレッドの家に寄っただろう。あの時にいたのが彼だよ」
落ち着いたところでロスヴィータがそう告げれば、少し考える様子を見せたのちに「あぁっ!」と顔を明るくした。記憶にないものをある事にする。それは簡単ではない。
妹と共有している記憶を探して取り繕うしかない。
「もう会わないと思ってたよぉ。……あの時は、無関係を装っていたのに、今更どうしたの?」
「主を取り戻そうとしたんだろうよ」
「ブライス!」
ロスヴィータの背中を扉がゆるく押す。強力な仲間の登場だ。そこからひょっこりと顔を出した彼に、ロスヴィータは場所を譲った。
「おう、驚いたな。こんな事になるとは思ってなかったぜ」
にやにやと笑うブライスに、カトレアが反応した。
「わ、私だって、こんな事になるとは思ってなかったわっ!!」
「カトレア嬢……?」
少女は、今まで封じられていたものをすべてぶちまける勢いでわめいた。
「私、私は、大好きなロスヴィータ様と一緒にいる時間が増えたら良いなって、ただそれだけだったの! シップリーに頼んで、あの男を雇って捕まえてもらって、お近づきになれればそれだけで良かったの。
悪い人がこの町からいなくなって、ロスヴィータ様に笑顔を向けてもらえれば、最高だなって。ただ、それだけだったのにぃぃぃぃぃ!」
ブライスに軽く背中を押され、ロスヴィータはゆっくりとカトレアに近付いた。いつものように視線を合わせようとするも、彼女はしゃくりあげながら泣き続ける。
「御前試合はなんか失敗しちゃって、たまたまロスヴィータ様にお会いできたからまだ良かったけど、うっ……っ!」
御前試合にも“何か”をしていたのか。カトレアの涙を拭いながら話を聞き続ける。
「私ね、本当は試合の時の脅迫状騒ぎでロスヴィータ様が優勝する姿が見たかったの……っ」
聞き捨てならない単語が聞こえた。脅迫状でロスヴィータが優勝する事になる理由が分からない。
「せっかく、あの混乱でどたばたしてみんなが試合に集中できなくなっていたってのに。どうしてあんな負け方……っ!」
その言い方だと、脅迫状だけではなく爆発物を用意していたのもカトレアたちであったかのようだ。
「我々は、カトレア嬢が仕掛けていた爆発物を無力化する為に、反則負けしたのだよ」
「まあ、なんてこと!」
カトレアが口に手を当てて叫んだ。涙は引っ込んだようだが、どうやら脅迫状と爆発物の首謀者は彼女だったようである。これは簡単には話が終わりそうにない。
頭が痛くなってきた。ややこしすぎる。
「……カトレア嬢、つまり、あなたは私の為に、いろいろと画策していたが、途中で彼にその計画を乗っ取られた――という事か?」
「そうなのよっ!」
理解者を得たと言わんばかりに顔を上げてぐっと距離を詰めたカトレアは、再び矢継ぎ早にまくし立てた。
「シップリーがね、この男から今回の捕まえてもらった悪い人の情報を仕入れてきたのだけど、あの男が捕まるなり、その姿をもらい受けるとか意味の分からない事を言って殴ったのよ!!!」
耳飾りが落ちたのはそのせいだろうと見当をつけたが、彼の耳飾りが魔法具であった理由には結びつかない。カトレアの発言自体が混乱していて、事実なのか思い込みなのか、判断しかねる状況だ。
「かわいそうでしょう!? それで、彼は腕の骨が折れちゃったのよ!」
……なるほど。耳飾りの件はまだよく分かっていないが、シップリーが入れ替わった状況だけは分かった。これから聞くべき事がたくさんある。
ロスヴィータは落ち着いたカトレアの頭をひと撫でし、向こうで悔しそうにしている執事を押さえ込んでいるエルフリートに視線で合図を送るのだった。
2025.1.16 一部加筆修正




