9
ブライスとアイマルがシップリーの調査をしてくれている間に、エルフリートとロスヴィータは生徒たちをある程度まとめる事に成功していた。
結局、あのひどすぎる企画書は、まともなものを残して全て返却する事にした。 そして、その数少ない「まともなもの」を生み出した人間を主軸にし、集団を作らせたのである。
本当は集団を作らせ、それから案をまとめさせたかったのだが、そこまでの猶予はなかった。
それで、仕方なくこの方法を選んだのである。
だが、騎士団の試験に通過できない人間の集まりである。本当にやりたかった方法では、もしかしたら全く話が進まなかったかもしれない。結果的には、これが最善だった可能性は非常に高い。
「ブライスたち、なんだか良い報告ができそうだって言ってたよね」
「そうだな。我々の方は……芳しくないからな」
ロスヴィータは目を輝かせて言う彼に向け頷いた。劇団員の話を聞く際にあの二人を同伴させていたが、特に何か尻尾を現すような様子はなかった。
分かった事は、劇団員はやはり今回の件には関わっていないだろうという事くらいであった。予想が当たり、無数に存在する可能性を減らす事はできているものの、著しい成果であるとは言い難かった。
「あ、来た来た!」
扉が開き、長身の男たちが姿を現した。
「悪い。待たせたか」
「大丈夫だよー」
ブライスとアイマルは座るなり、デスクの上へ小さなものを置いた。
きらりと小さな輝きを放つそれは、見覚えのあるものだった。
「それは……」
「そうだ。シップリーの耳飾りだ」
ブライスの言葉に、ロスヴィータは先ほど別れた彼の姿を思い出す。しかし、彼の両耳には同じものがかかっていた。という事は、これは複製品か何かという事になる。
「今日会ったけど、両方つけてたよ?」
「全員チェックしていたか。なら、話は早い。おそらく、シップリーは二人いる」
「ええっ!?」
首を傾げたエルフリートは、大げさに驚いてみせる。
「この耳飾りの持ち主は、全くの魔力なしだ。魔法具だったからルッカに耳飾りを検分してもらった。ほぼ間違いないと考えて良いだろう。
耳飾りは、二つで一つの共鳴型で、目的は盗聴ではないという事だからここに持ってきた」
ブライスの話を聞きながら、エルフリートが耳飾りを手に取った。
「賢神よ、英知の光を我に授けよ」
青白い光がエルフリートの人さし指に点る。
「わぁ、綺麗な式だねぇ……」
「フリーデはそれを見ながら聞いててくれ」
光が当たると耳飾りの式がふわりと浮かび、読みやすくなる。
エルフリートに専門知識はなかったはずだ。そんな彼に式が読めるのかは知らないが、魔法に関しては完全に門外漢であるロスヴィータが口を出して何かが分かるとは思えず、そのままブライスの話に耳を傾ける。
「便宜上、耳飾りの持ち主だったはずのシップリーを前半のシップリー。今のシップリーを後半のシップリーと呼ぶぜ。
前半のシップリーは行きつけの酒場があったんだ。その路地裏で見つけたのがこの耳飾りだ。つまり、そこで前半のシップリーに何かが起きたと考えられる」
ロスヴィータは想像する。酒場から出たシップリーが何かに気づき、路地裏へ向かう。そこには自分と同じ姿が。
驚く彼は、もう一人の自分に襲われ、意識を失うのだ。
「前半のシップリーの耳飾りが魔法を使えない人間用の魔法具だった事から、彼は魔法が使えなかった。
だが、それを持たされるという事は、もう片方が魔法を使えるという事かもしれねぇな」
あるいは、こうだろうか。酒場を出て裏路地に向かったシップリーは、話が違うと同じ姿の男に詰め寄った。だが、魔法の使えない彼は簡単にあしらわれてしまう。
反抗する道具は問題しか生み出さない。魔法が使える方のシップリーは仕方なく彼の処分を決めるのだった。
「だから、この魔法具は、後半のシップリーが行使する魔法が発動できるものなんじゃないかと睨んでいる」
恐ろしい想像をしながら、ブライスの話を聞いている内に、彼の中に一つの道筋が立っている事に気づく。
「ブライス。つまり、前者のシップリーがスペアで後者のシップリーが本物。あるいは本物のシップリーが自由に動けるよう、操り人形としての前者のシップリーがいたと考えているのか?」
ロスヴィータの問いに、ブライスは「それもあるだろうな」と言った。
「だが、俺たちは本物のシップリーは前半のシップリーで、スペアのシップリーが後半じゃないかと考えている」
俺たち、と言うブライスの隣でアイマルが頷いている。これは、二人で考えた結果だという事か。ロスヴィータは彼らの考えに真剣に耳を傾ける。
「お前たちから、カトレア嬢の反応が変わったって話を聞いていただろう。あれが最大のヒントだな。カトレア嬢が無邪気でいられたのは、それが信頼できる相手だったからだと考えられる。
今のシップリーへの態度は逆によそよそしい気がする。つまり、何らかの事情があって従っている状態ではないかと想像できる。そこから、本物が前半、偽物が後半だと考えた。
それに、魔法が使える人間が偽物と考える方が容姿を似せたりする点から自然だしな」
ブライスの話はもっともだ。ロスヴィータは、先ほど自分の想像したものの内、後者のイメージが強まるのを感じ、うすら寒いものを覚えていた。
一方エルフリートは――なぜか魔法具に夢中だった。
2025.1.13 一部加筆修正




