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納得したアイマルを引き連れ、ブライスはルッカの作業場へ訪れた。
「ブライス隊長、今日はずいぶんと物騒な顔の補佐を連れていますね」
「ああ、ちょっと拗ねてるだけだから気にしないでくれ」
ブライスの言葉に、ルッカはさして興味もなさそうにアイマルへ向けていた視線を移動させる。もちろん、その行き先はブライスの手元である。
「……で、それがあの先触れで言っていた――」
やはり、というべきだろうか。ルッカの興味は、事前に連絡しておいた魔法具に占領されていた。
「見てくれるか?」
「もちろんです。私の専門ですから」
彼女はブライスからシップリーの耳飾りを受け取るなり、魔法で光を当て、検分し始めた。
「この魔法具、小さいですが結構な値打ち品ですよ。これはウォールバーグ氏の工房だと思います。模様と見間違えるほどの美しい式で、彼の工房の右に出る工房はありません」
アイマルが自信はないと言っていた工房と同じだろうか。ブライスはアイマルが見当をつけていた工房の名前を聞いていなかった事を思い出す。
アイマルの方へ視線を向ければ、彼は頷いた。同じ工房だったらしい。
「そんな有名どころが、この仕事を請け負うと思うか?」
「……そこですよね。私も正直信じられない気持ちがあります」
二対の耳飾りを注文するという事は、あり得ない話ではない。しかし、見る者が見れば一目同然である品を、頼むのはあまりにも短慮ではないだろうか。
「もし、これがウォールバーグ氏の工房が作り出した作品ではないのだとしたら、ウォールバーグ氏の工房を出入りしている人間が怪しいという事になりますね」
ルッカは宝石を固定している留め具をじっと見、それから魔石となっているだろう宝石を覗き込んだ。
「この魔法具は、共鳴型のようですね。対になって初めて効果を発揮するタイプの魔法具です」
「っつー事は、片耳分だけじゃ何の魔法が込められているか、分かんねぇって事か」
「予想はできますが、違う可能性はかなり高いです」
ルッカに肯定され、ブライスは少しだけがっかりとした。かなり大きな手がかりだと思ったそれが、ただのゴミのように見える。しかし、ルッカはこの耳飾りから情報を読みとろうとし続けている。
少しでも多く、何かを拾い上げようとしていた。
「……でも、幸運でした」
「あ?」
「これが盗聴用の魔法具ではなかったので、ほっとしています」
「んなもんあるのかよ」
驚くブライスに、それくらいありますよと答えた彼女は、視線は魔法具に向けたまま、恐ろしい事を言う。
「私だったら、共鳴型の魔法具で相手の動きを把握できるように、仕込んだかもしれません」
「は……?」
ブライスの背中を冷たいものが伝う。
そういう魔法具でなかった事に対する緊張のせいもあるが、それだけではない。これは本当に、目の前の少女が言った言葉だろうか。ごくり、と唾を嚥下する音が隣から聞こえてきた。アイマルもブライスと同じ気持ちなのだろう。
女性騎士団の面々は、見た目こそただの少女だが、時々ブライスでも思いつかないような案を出してくる。
「相手は先回りしてくるような人間です。それくらい想定しても良いのではありませんか?」
「そう、だな……」
「幸い、この魔法具はそういう類ではないようです。簡単に言えば、一組の魔法具が近くの場所にないと機能しない魔法具なので、少なくとも我々の様子を探る為の盗聴機能を持つものではないと断言できます」
それは安心だ。ブライスは心の底から胸を撫で下ろす。
「込められた式を引き出し、欠けている部分を調べる事も可能ですが、それをすると魔法具としての機能が失われてしまうのでおすすめはしません」
「そうか……なら、その案は諦めよう。で、この状態のままもう少し分かる情報はあるか?」
気持ちを切り替えたブライスは、質問を変えた。
「そうですね……」
ブライスの意図をしっかりと理解したルッカは、げんじょうで分かる事を逃すまいと耳飾りを注視する。
ブライスはルッカの冷静さに感心し、同時に彼女が隻腕となり現在一線から引いている事が残念だと思った。そして、自在に動かせる魔法具の腕を作るという目標を達成し、できる限り早く女性騎士団に復帰してほしいと心から願うのだった。
ルッカから話を聞き終えた二人は、ブライスの自室で話し合っていた。本当はロスヴィータたちと情報を共有したかったのだが、日が落ちてしまった為、遠慮したのである。
「アイマル、お前何か言いたげにしていたが、何だったんだ」
それだけではない。ルッカから追加で情報をもらっている最中、アイマルが何度か口を開こうとしては閉じているのに気がついていた。
ブライスは彼女たちと会う前に、それを少しでも聞き出す事ができれば良いと思い、部屋へ誘ったのだった。
客人のくせに気を使ったアイマルが淹れてくれた飲み物を片手に聞けば、彼は眉をひそめた。
「遠慮なく言えよ。俺はお前の意見も聞きたいんだ」
ブライスは、真っ先に敵国に潜り込み、先陣を切って戦ったアイマルの感覚を信じている。だからこそ、彼の考えを知っておきたかった。
「……俺を買ってくれている、そう受け取れば良いという事か」
「そういうこった。ほら、言いな」
ブライスの答えにアイマルは苦笑し、それから胸の内を明かし始めた。
2025.1.12 一部加筆修正




