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妖精と王子様のへんてこチャチャチャ(へんてこワルツ4)  作者: 魚野れん
同時進行は困難ばかり

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4

「……何かがおかしい」


 ロスヴィータの言葉にはっとする。没入感の強い演出のせいで、エルフリートもはじめは気がつかなかった。周囲に気を配って少しし、天井からかけらがぱらりと降ってきてようやく異変に気づく。


「確か、この劇場って新しい方だよね?」

「ああ。フリーデがここにくる一年前にできたばかりだ」

「そんな新しい建物の天井が剥がれるのは、普通じゃないね」


 劇団が魔法を使っているせいで、建物が劣化しているという可能性も考えられなくはないが、劇場は魔法の行使を前提に建築する事になっているから、普通ではあり得ない。

 もしも今、この建物が倒壊したら。エルフリートの背筋に冷たいものが走った。


「様子を見に行こう」

「うん」


 エルフリートだけではどうにもできない。事前に準備をしているならば別だが、建物の倒壊は想定外である。バルコニー席を立った二人を後押しするように、戦に向かうマリオンの雄叫びが響いた。




 まず向かったのは、劇場の警備をしている事務所だった。二人が姿を見せると、顔を知っているらしく、警備担当者たちが笑顔で対応してくれた。


「バルコニー席の天井が一部剥がれ落ちてきたのだが、何か異常を感じている者はいないか?」


 挨拶もそこそこに、ロスヴィータは聞いた。彼らは不思議そうに顔を見合わせるだけで、何かに気が付いた様子は見られない。その中の一人が通信用の魔法具で見回り中の同僚へ連絡する。


「おい、何か変わった事は起きてないか? 壁にでかい穴が開いてるとか」

『は? この建物がそんな早く大穴開くわけが――あ』

「どうした?」

『三階階中央男子トイレ、天井落下』


 通信相手が突然の質問を鼻で笑おうとした時、空気が変わった。


「おい、そこって」

「舞台装置の管理室が近いぞ」


 ざわり。舞台装置の管理室が近いと、何かがまずいらしい。エルフリートは知識がないながらに察した。


『個室の壁に大穴が開いている。侵入者かもしれない』

「応援を寄越すから待機しろ」

『おい、誰だ。何だこのち――どごぉっ!!』


 魔法具の先にいる警備員の声を遮るような轟音が響き、無音に変わる。

 これは普通じゃない。絶対に向こうで何かが起きている。エルフリートとロスヴィータは顔を見合わせた。


「おい、おい、オリー!? 大丈夫かっ!?」


 直前まで話をしていたオリーと呼ばれる男に声をかけ続けるが、返事はない。


「まずい。二人を残して全員で行こう。案内してくれ」


 目配せだけで残る警備員をさっと決めた彼らが先に部屋を出る。エルフリートたちは無言で従った。

 劇場内を駆け抜ける間にどうしてあの場所が危険なのかを質問をすれば、答えは簡単だった。


「舞台装置を自由に操る事ができる。つまり、俳優の真上に照明を落とす事も、舞台に設置されている迫りや回り舞台とかも簡単に操れる。切り穴を突然解放して人間を落とす事だって可能だ」

「舞台の上にいる人間全員が危険って事?」

「ざっくり言えばそうなる」


 せりだとか、回り舞台だとか、どんな仕組みのものなのかは分からなくとも、危険だという事くらい分かる。


「会場内も見回せる位置にあるから、魔法を使って観客に悪さをする事もできるな」

「全員が危険じゃない!」


 驚きの声を上げるエルフリートに、警備員は真剣な顔で頷いた。


「そうだ。だから俺たちは急いでいる」


 もうすぐ目的地、というところでエルフリートは勢いよく両手を広げる。計算されて作られた袖の、流行にあった形になるように止まっていた糸が切れる。

 拘束具のようなコートは、一瞬で普通のコートへと姿を変えた。糸の切れる音にぎょっとしたロスヴィータが振り向いた。が、エルフリートが動きやすい姿になっただけだと知ると、小さく口角を上げて肩を竦めるだけで、前に向き直った。


「オリー! 無事かっ!!」


 男性用トイレの扉を勢いよく開けると、男が一人倒れていた。個室の壁はすべて吹き飛び、がれきのようになっている。手洗い場の天井と最奥の個室だったと思われる場所の壁に、大きく穴が開いていた。

 オリーが報告した穴というのは、きっとこの二つの事だ。


 そこで思い出す。そういえば、エルフリートとロスヴィータがいたのは、階下にあるバルコニー席である。もしかしたら、隣のバルコニー席にいた夫婦は騒音に気づいたかもしれない。


「こちら現場到着、オリバーは気絶しているだけだ。だが、事件性が高まった。避難指示を頼む。我々はこれから対処に移る」


 警備員たちは、各々の武器を構える。エルフリートはいつでも魔法が使えるように呼吸を整えた。

 ロスヴィータは持ち込んでいたステッキが仕込み剣だったらしく、サーベルに似た細い剣を構えていた。


「細身の剣が意外か?」

「まあね」

「あなただって準備は万全だったろう。私も同じだったというだけだ」


 状況が読めないまま、大穴をくぐり抜ける。工事や点検の時にしか使わない細い壁の間の移動が始まった。軽口はそこまでだった。

2024.11.17 一部加筆修正

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