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本当は、私も二人の反応が見たかったのになぁ。エルフリートはそんな後悔を胸に抱きつつ起きあがる。
「ごめんなさぁい」
「あなた、大丈夫なの?」
心配そうにエルフリートの顔を見上げる少女。この姿を見る限り、大人っぽく振る舞おうとしていて高飛車な態度になってしまうが、本当は優しい女の子……のように見える。
「えへへ、いつもの事だから」
「何ですって!?」
普段もこうだから心配するなという意味で伝えたつもりだったが、カトレアは違う意味に捉えたらしい。
「持病? そんなしょっちゅう気絶していては、騎士として大変なのではなくて?」
「カトレア嬢。彼女は健康そのものだよ」
「ちょっと、意味が分からないわ!」
カトレアの叫びはもっともだ。エルフリートはへにゃりと笑い、ロスヴィータは苦笑する。
「フリーデは、私に憧れてくれているようでね。私があまりにも王子様のように素敵だと、ああなるんだ」
「よけい意味が分からないわ!?」
えぇ? 言葉通りなんだけどなぁ。エルフリートは、なんて補足すればカトレアが納得いく説明になるのか、考えを巡らせる。
「えっとね。ロスがあまりにもかっこいいとね、どきどきして、きゅんきゅんしちゃうの。
それで、天にも昇る気持ちになって……えっと、感極まったりすると、私の多い魔力が暴走して私の気持ちを幻影で表現しちゃうみたい」
「……」
魔力が暴走してああなるのは事実だが、通常の魔力暴走とは様相が違う。カトレアには理解しがたい現象なのかもしれなかった。
「……ようするに、あれは――」
「興奮しすぎ、だよ」
わなわなと唇を震わせて言葉を選ぼうとしたカトレアに、ロスヴィータが言葉を被せる。
「心配して損をしたわ!!!」
彼女は顔を真っ赤にさせ、大声で叫んだのだった。
エルフリートによる混乱作戦が功を奏したかは別として、カトレアとシップリーの協力が得られる事になった二人は大満足だった。
「フリーデ、興奮させすぎてしまってすまなかったな」
やりすぎたという自覚があったらしいロスヴィータに謝罪されたエルフリートはぶんぶんと頭を横に振った。
「そんな事ないよっ! 私、ロスにあんなにサービスしてもらえて幸せだったもん」
思い出すだけでも花びらを飛ばせそうだ。エルフリートはうっとりと目を閉じる。本当にロスヴィータは格好良かった。
「はぁ……スマートで、神々しくて、素敵」
さらりと肩から流れ落ちる太陽のような黄金の髪。美しい森林の緑には晴天の空が混ざり、永遠に見ていられる宝石のような目。表情は朗らかで、でも凛々しい眉毛と綺麗に生え揃った歯が爽やかな青年っぽさを引き立てる。
そして壊れ物を大切に扱うかのような手つき。まさに、おとぎ話に出てくる王子様のよう。
「フリーデ、思い出している場合ではないぞ」
「ごめん。だって、本当に良かったんだもん……」
ぷくりと頬を膨らませ、フリーデの回想を断ち切った本物に抗議する。
「とりあえず、第一段階はクリアした。これからが本番だ」
「そうだね。ところで、最初の私の暴走でカトレアの猫が脱げかかっていたと思うんだけど、あのあとはどうだったの?」
本題はこれだ。ロスヴィータの部屋で打ち合わせをしているのであって、今日の嬉しかった出来事を回想している場合ではなかった。
エルフリートのまともな質問に、ロスヴィータが瞬きをひとつ。
「……そうだな、カトレア嬢は、やはり貴族に成り代わったのだろうな。しかしあの年齢で、こうも化けるとはな」
ロスヴィータはさらさらと羊皮紙にペンを走らせていく。どうやら相関図のようなものを作ろうとしているらしい。エルフリートは美しい文字が生まれていくのを見つめていた。
「しかし。シップリーの立ち位置がいまいち見えてこない。保護者なのか、監視なのか、従者なのか……」
シップリーとカトレアの名前が丸で囲まれる。その間に二本の矢印が加わった。矢印の先はそれぞれ、シップリーとカトレアに向けられている。
「カトレア嬢はシップリーの事を結構ないがしろにしてるけど、その割には彼の言う事を聞いていたよね」
「どの線もありそうだ。彼が保護者であれば、カトレア嬢はワガママも言うが、彼の言う事もきくだろう。監視者であれば、それを誤魔化す為にわざと反抗的な態度をとりつつ、従順に動くだろう。
従者であれば、幼少期の従者は教育者を兼ねている場合が過分にある。そういう事なのかもしれない」
とん、とん、とペンの先でシップリーの方を向いている矢印をつつく。
「ロス、ロスはカトレアが先だと思う? シップリーが先だと思う?」
頭を上げてエルフリートを見た彼女は、少し視線を泳がせて考える素振りを見せる。
「そうだな。私は、見た目と同じくカトレアが先なのではないかと思っている。シップリーがおとなしすぎるからな。カトレアの自由にさせている、と考える方がしっくりくる気がするのだ」
エルフリートはカトレアの行動を制限しない上大人の話に首を突っ込むな、というような一般的な台詞も言わない彼に疑問を覚えていた。普通の保護者は、面倒を見てる小さな子供がやんちゃしてたら止めるもんね。
――だが、彼女たちが本来別の繋がり方をしているとしたら。
ロスヴィータの言葉で、その違和感の原因が分かったような気がした。
2025.1.10 一部加筆修正




