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2025.1.9 一部加筆修正
エルフリートは少しだけ緊張していた。自然な演技は得意である。なんたって、絶賛演技中だから。いや、正確に言えば、半分くらいは素であった。
「フリーデ、大丈夫か?」
「うん。大丈夫……」
ロスヴィータがエルフリートの顔を覗き込む。彼女の新緑の目が光を受けてきらりと光った。その美しく爽やかで透明感のある目を見つめていると、改めてやりきってみせるという気持ちが湧き上がる。
「やれるよ。情けなくてちょっととぼけてる感じ、私得意だもん」
「はは、頼もしい事だ」
エルフリートを覗き込んだまま、ロスヴィータが笑う。うう、かっこいい。
「大丈夫だ。一緒にがんばろう」
「うん」
ロスヴィータにとんとんと背中を優しく撫でられ、ようやくエルフリートは正面を向いた。目の前にはオリアーナ劇場。壁の修繕許可が下り、既に大穴の開いたトイレは元通りになっているはずだ。
今日はそれを確認する足で、二人に捜査協力を申し出る――という流れを予定していた。
互いに頷きあい、気持ちを確かめたところで歩き出す。
うまくいきますように! エルフリートは心の中で祈った。
「あら、私たちがお手伝いを?」
ことり、と首を人形のように傾けたカトレアは、心底不思議そうな顔をしていた。つぶらな瞳がエルフリートをまっすぐ射抜く。
まだ何も口にしていないエルフリートは、にっこりと笑んでからカトレアに合わせるように首を傾けた。
「だめかなぁ?」
「別によろしくてよ。ただ、不思議なだけ」
確かに、そうかもしれない。しかし、それに対する答えを「エルフリーデは持っていない」事になっている。
瞬きを繰り返して時間稼ぎをしていると、横からロスヴィータが口を挟む。
「カトレア嬢、我々は今、非常に困っている状況なんだ。犯人は確保しているが、どうやら複雑な関係が背後にありそうでな。
だが、その捜査が難航している。少しでも情報がほしいが、全く関わりのない人間を関わらせる訳にはいかず……短い間ではあるが、犯人とやりとりをしていたあなた方ならば、と藁にもすがる思いなのだ」
すらすらと半分くらいしか合っていない事を言いながら、彼女はひざをつき、少女の手を握った。いわゆる王子様がお姫様に声をかける時みたいな感じである。
お人形のような少女にかっこいい王子様。
最高の組み合わせに見えてしまう。エルフリートの目指す方向とは違うが、彼が今の状況を羨ましいと思うのには十分であった。
「良いなぁ……」
「フリーデ?」
「えっ?」
「何を羨ましがっているんだ?」
ロスヴィータの怪訝そうな声を聞き、自分の心の声が外に出てしまっていた事に気付く。
「あっ、その、カトレア嬢が、手を握ってもらってるから、羨ましく……ううっ」
任務中なのに、恥ずかしい。この場にふさわしくない発言に、エルフリートは頬を赤く染めて唸った。両手でそれを隠すようにすれば、熱を持っているのが分かる。
「そんなに羨ましいなら、してあげようか。私の妖精さん」
「はぁぅ……」
膝立ちのまま、エルフリートの方へ向きを変えた彼女は、そっとエルフリートの手を取った。
優しい手つきで手を取られ、エルフリートはうっとりと目を細める。
こんな幸せな事、あって良いのかなぁ!? はあ、と熱い吐息が漏れ、それと同時にぽんっと小さく可愛らしい破裂音を発しながら花が舞った。
「えっ、何、なにっ!? ちょ、ちょちょっ!?」
今までのいかにも貴族の淑女を気取った子供のような口調が乱れたカトレアに、やはり彼女の生まれは今の経歴通りではないのだろうな、という考えがエルフリートの頭の片隅にぼんやりと浮かんだ。
それと同時に、エルフリートはこの混乱している状況でさえ冷静さを失わずにいるシップリーに違和感を覚える。
彼らの不自然さに、エルフリートの高揚していた気持ちが落ち着いていく。
でも、もうちょっとこの状態保っておいて様子を見てみたいな。無意識のうちに出てしまう魔法は、制御をするのが難しい。だが、何とかしてみせる。
そんな意図を汲んだのか、そうさせたいとロスヴィータが望んだのか。ロスヴィータはそっとエルフリートの手の甲へ唇を落とした。
その瞬間、エルフリートの中で再び花が咲いた。
先ほどとは比ではない花が生まれた。もちろん、これはエルフリートが生み出した幻影である。エルフリートはロスヴィータからのアプローチに、自分の思考が再びどこかへ飛んでいくのを感じた。
「フリーデ、しっかりしてくれ」
「はぇっ!?」
ぺちぺちと軽く頬を叩かれ、エルフリートの意識は浮上した。あっ、やだ、本当に意識が飛んじゃってた!?
「もう、驚かせないでちょうだいよね」
「フリーデは相変わらず可愛らしいな」
ロスヴィータの横からちょこんと顔を見せたカトレアが睨んでくる。慌てた姿を見せたのが不満だったのだろうか。エルフリートはぼんやりとする頭で考えたが、結論は出そうになかった。




